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 誰もが寝静まったその夜、春菊は縁側を抜け、庭へ降り立った。  少し寒い……。  そう感じるのは、今が紅葉の季節だからというわけではない。 『谷嶋から離れる』  そう思うだけでいっそう寒さが増した。けれど、このままココに居れば必ず谷嶋に迷惑がかかる。ならば今日、女性に言われたとおり早々に出ていくしかない。 (でも、匡也さんから離れてどこに行けと言うのだろう)  金子も持ち合わせがない自分には行き先などどこにもない。薄手の衣のまま、立派な門構えをくぐり抜けると、見えてくるのは大きな川だ。  はじめてここへ来た当初、緩やかに流れる川は故郷の海に繋がっているのかもしれないと、ふと思った。 (この川に添って行けば、海に出られるだろうか……)  ふと、そんなことを思ってしまう。  このままいなくなっても平気だろう。誰も自分を心配する人など居るはずがない。  谷嶋だって、一時の虚しさだけで、奥さんを迎え入れればすぐに立ち直り、そうしてあたたかい家庭を築く。  ただ自分が死を受け入れさえすれば……。  どのみち、自分はあの廓の中にいれば死を待つばかりの人間だった。結果は同じで、ただほんの少し死ぬのが早くなっただけのことだ。  春菊は自分にそう言い聞かせ、川の水に足を沈めた。ひんやりとした身を凍らせるような冷たさが全身を襲う。だが、それもほんの一時だけだ。 (すぐに麻痺してしまうだろう。この……胸の痛みと一緒に……)  春菊は死を覚悟して目を(つむ)る。  瞼の裏にあるのは愛おしい、優しい微笑みを浮かべた谷嶋の顔だ。  歩を進め、身体をゆっくり沈めていく……。  そうして胸のあたりまで水に沈んだその時だった。

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