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「春菊?」 「俺は……捨てられるの? 貴方に……こうやって抱かれた後……俺を捨てる? 奥さんを……迎えるの?」  漆黒の瞳が濡れていく……。  先ほど、谷嶋はたしかに、自分が好きなのは春菊だとそう言ったはずなのに、春菊は自分を捨てるのかと尋ねてくる。  深夜、消えた春菊を追いかけてまで好いている子を易々と手放すなんて有り得ない。 (そんなこと、誰がするか)  谷嶋は胸の頂きを()ねまわしながら話を続けた。 「母から縁談の話しを聞いたね? だが、その件はすでに断っていたんだ」 「ほんと、う?」  春菊は潤む瞳から雫を落とし、逸れた目線を重ねた。それは谷嶋の言ったそれが真実なのかを知るためだ。 「ああ、愛おしい君がいるのに他人に手が出せるほど俺は器用じゃない」  春菊を見つめる真っ直ぐな目は医術を施す時と変わらなかった。 (嘘じゃないんだ……)  そう実感すると、胸が高鳴り、悲しみを抱えた心臓はふたたび喜びで鼓動する。 「夢みたい……」  だって、まさか同じ想いだったとは考えられなかった。谷嶋は立派な医師で、しかもある立派な屋敷のお抱え医師になることも決まっていると聞かされた。  自分とは立場が違いすぎる彼。  それなのに、谷嶋は春菊がいいと言ってくれる。 (天にも昇る気持ちって、きっとこういうことだ……) 「なら、夢ではないことを教えてやらないとな」  谷嶋が胸を弄っていた指が突起を摘まみ上げる。

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