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episode.3-19
「ウッドが惚れる理由が分かった。何だろうな、一生付いて行きたくなる」
「…あの人は海軍十字章の候補に挙がった英雄だ。貴方がそう感じるのも無理はない」
萱島は一寸歩みを止めた。
そうか自分の第一印象がジャンキーだっただけで。本来の彼は一方ならぬ才能に溢れた英傑なのだ。
「…って」
最後のアレで脚を捻っていたらしい。
顔を顰めると、目ざとく気付いた戸和が振り向いた。
心配してくれるなら良いが。
頼むからその、凍てつく様な眼差しを止めて頂きたい。
「何処が痛いんですか」
「いや、気にする程じゃ…」
「何度俺に同じ事を言わせるんですか」
「すいません。脚です」
完全に上下関係が出来ていた。
萱島が曖昧な笑みを浮かべ、戸和が嘆息する。
いつものやり取りのち、何を思ったか。
青年は上司の腕を引くや、その身を軽々と抱き上げてしまった。
「ちょっ、戸和、戸和君…歩ける、歩けるから」
「萱島さん」
不意に名を呼ばれ、口を噤む。
「…俺が言えた義理ではありませんが、貴方が今日居てくれて良かった」
部下はそれだけを告げ、再び歩き出す。
言われた例のない言葉へ妙な擽ったさを覚えた、萱島は結局救護室まで黙り込んだままだった。
今日は未だ頭が冴えていた。
自分自身驚きつつ、寝屋川はM4を手に立ち上がる。
直後、何かが込み上げて咳き込んだ。
壁に手を突き、上体を折って肺を押さえた。
血相を変えたウッドが駆け寄って来る。
その更に背後から迫る影へ、寝屋川は面を上げてシニカルに笑んでいた。
「…よう、久し振りだな副社長」
「寝屋川、今回の件はどうやら昨年と無関係だ。ただの逆恨みの暴走らしい」
腕を組み、厳かに佇む本郷へ肩を竦める。
「それで?お前が俺に言いに来た事は」
「内部情報に関しては、懇意にしていた調査員から買い取ったそうだ」
ウッドが緊張に強張った。
部下が仲間を売ったのだ。疑いようも無い、統率の崩壊が露呈していた。
「…胸糞悪い夢を見てた様だ、ずっと今まで」
寝屋川は屋根よりも遠い、明後日の方角を見据える。
「自分のやるべき事を思い出した、俺は悪いが此処を出る」
「そうか」
「3ヶ月くれ」
ゆるりと本郷が視線を上げた。
M4を肩に掛け、寝屋川はウッドが回した車へと歩き始めた。
「必ず戻る、約束する」
既に振り返りもしない背中を、本郷は呆然と見送る。
必ず戻るという言葉は簡単な様で、今の彼には余りに重い約束だった。
見知った姿が車中へと消える。
束ねていた腕を解き、託された辞表が不要になったと気付いたのは、車がすっかり視界から消え失せた後だった。
「…ああ、待ってるよ」
お前があの戦場から帰ってくるなら、例え何年経とうが。
未だ騒がしく事後処理に追われた地下、遠くから上司を呼ぶ声が届く。
本郷は踵を返し、仕事に戻るべく脚を速めた。
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