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episode.4-20

「あ、そうだ義世、お前来月実家帰るって…大丈夫か?多分メンテ入るぞ」 「知らん。お前を刺殺してでも俺は有給を取る」 神崎はそのまま自室に消える相手を見送った。 困った。このままだと友人が過労死する。 いや、それ以前に刺殺される。 一応端から断わってはいるが、会社の規模に比べ知名度が上がり過ぎたのだ。 「…また面接やるか」 封筒をぶらぶらさせていると、今度はひょっこりと萱島が顔を覗かせた。 裸足で寄ってきたかと思えば、林檎の消えた空の皿を差し出す。 「食べた?全部?偉い…」 その後をぺたぺたと何かが付いて来る。 濡れた嘴を開閉させ、間抜けな顔のパトリシアが右往左往していた。 「お前かよ」 指先で払う動作を向けるや、命令に反応した鷲が飛び立った。 「珍しいな、アイツが俺以外に来るの」 彼女は猛禽類だ。 信頼した主人にしか懐かない。 影を見送っていると、萱島が袖口を引いた。 何がしたいのか。 背を屈めて視線を合わせれば、手を掴まれる。 大人しく差し出す、掌へ拙い指先がゆっくりと文字を紡ぐ。 震える残像を写し取り、神崎は声に出して確認してやった。 「…どこかで」 最後の字を綴り終え、大きな瞳がぐっと見上げる。 「会った…」 意表を突かれて見詰め返す。 パトリシアの事か。それとも。 「俺と、君が?」 萱島自身、困惑して眉尻を下げた。 酷く頼りなげに頷く、一体何に導かれての事だったのか。 どこかで。 神崎は考え得る全ての記憶を探った。 しかし無論、どの段階にも萱島の姿は見当たらない。 「…それ誰かにも言われた事あったな」 誰だったか。暫く頭を悩ませようが、生憎取るに足らない事と忘れ去られていた。 思案する神埼へ、ぎゅっと小さな身体が縋り付く。 今度は何かと見守る対面、萱島はじっと布を隔てた体温をはかっていた。 不思議な感覚。果たして、随分前からこの感触を求めていたような。 頬を寄せて目を閉ざす。 分からぬまま縋る力は緩めない。確かに細胞の何処かで、萱島はこの存在に安堵を覚えていた。 next >> episode.5

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