83 / 186

episode.5-1 「wait for you」

カビ臭い地下。 灯りの届かない一室の手前、神崎は大柄な男を見上げた。 「御苦労、霧谷本人で間違いない。悪いが暫く監視は任せた」 ウッドは静かに敬礼を返した。 靴音を響かせて神崎が遠ざかる。 その後ろ姿へ、彼はつい言葉を投げていた。 「――社長、サーは貴方に感謝を」 漏れる白熱灯を背景に、長身のシルエットが振り返った。 「貴方はサーを見捨てなかった。無論、私達の事も。必ず戻る…今暫く其処に居てくれとの言伝を貴方に」 神崎の口端が、分かり難く上がった気がした。 短い返礼をしてその場を去ると、刑務所の様な地下空間を過ぎる。 “なあ遥、俺が使い物にならなくなったら殺してくれ” ふと寝屋川のシニカルな表情が脳裏に浮かんだ。 神崎がいくら奪おうが、部下を使って覚せい剤を求め、過去に雁字搦めにされた元軍人。 “糞ったれだ、それが憎くて堪らない。それなのに無ければ生きていけねえんだ。俺の身体と精神は分離しやがった” 血を吐いて寝屋川は呻いた。 「別物か…」 友人に任せて置いて来た萱島を思う。 彼はあの日、件の家に閉じ込められた。 必死に脱出を試み、両手を血塗れにして過去から逃げ回っていた。 その恐怖が、緊張こそが彼の麻薬だ。 「…思い出した」 神崎は不意に立ち止まった。 白熱灯を見上げ、静寂にぽつりと落とし込んだ。 「アイツに言われたんだった、何処かで会った気がすると」 初めて会った日、寝屋川が小首を傾げて告げた。 まあそれが何かと聞かれても、意味なんて無いのかもしれない。 階段を上り、長い廊下を過ぎる。 久々の自動ドアを潜り、メインルームに脚を踏み入れた。 「うっ…おっ…まじすか」 神崎に気付いた間宮が目を丸くした。 何方かと言えば負の反応だ。中途半端に腰を上げて固まっていた。 「何だよ、寂しかったろ」 「…帰って来てたんですか?ちょっと、いきなり心臓に悪い」 「おー!遥だ!!」 今度は渉が書類を撒き散らし、全力で突っ切ってくる。 鳩尾に頭突きの衝撃を受け、神崎は一瞬息を詰まらせた。

ともだちにシェアしよう!