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episode.5-15

「Oh, yeah…That's all right. Well, time to go. (ああ問題無い、そろそろ帰る頃だ)」 白衣を着た男は廊下の真中、ふと脚を止めた。 中庭のベンチから流暢ながら、独得なテンポの英語が流れ込んでいた。 「Hasn't he still found what he's looking for?Well…There's no knowing what may happen. He never knows. It cannot be helped. (アイツの探し物は未だ見つからねえのか。まあ…何事も分からねえよな、仕方無いさ)」 患者が電話をしている。 短い金髪に小柄ながら、鍛えられた体躯。 まさか。 サングラスを押し上げ、壮年の医者は彼に歩み寄る。 「You're the doctor. Do as you like without my knowledge. Um, See you later…I'm bad on the phone. (任せる。お前の好きな様にやれ。じゃあな、電話は苦手なんだ」 患者は通話を切った。 そうして近付く気配を察し、機敏に面を上げた。 鋭い双眼が射抜く。 医者は確信して声を上げ、勢い良く彼の両手を掴んでいた。 「うおー!君…寝屋川君か!?でかくなったな!」 「…誰だてめえは」 深々と眉間に皺が刻まれた。 ベンチに投げ出された身体から殺気が漂った。 「ああ、そりゃ分からんか…えーっとね、君の肺の移植手術したの私なんだよ。16…の頃かな?その強烈な目つき変わって無いから、一発で分かったよ」 医者は殺気にも怯まずはしゃいでいた。 唐突に現れて何だこの野郎は。 呆れつつも、執刀医と聞いた寝屋川の眉尻が落ちる。 「にしても何故また病院に?調子悪いの?」 「…さあな。覚せい剤打ってたら使い物にならなくなったんだ」 「何?これだからデトロイト育ちの糞ガキは!ヘロイン如きでヒーローになれると思ってやがるな、まったく人がどれだけ必死に血管を繋いだと思って…あ」 寝屋川はもうすっかり目の前の医者から興味を失くしていた。 欠伸をし、立ち上がり、するりと男の側を抜けて去っていく。 「…愛想無えなあ、もう」 口を尖らせる。 まあ生きてるだけでも殊勝か。 「せっかく色男の臓器貰ったんだ、大事にしろよ本当」 医者は腕を組み整った容貌を思い出した。 偶然知り合いだという研究者に、ドナーの生前写真を見せて貰ったのだ。 その瞳がまた稀有な色だった。 殆ど色素のない、グラスに張った水の様なライトグレーの。 「生きてりゃ芸術だろうなあ…でもそれも両方くり抜いちまったのか」 余すところ無く再利用など、脳死患者もまるで天使だ。 1人呟き、医者は肩を竦めて再び廊下を歩き始めた。 next >> episode.6

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