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episode.9-17
「嘘だろ、何だそのスキル…標準装備なのか」
勝手に指を開き、表裏を返し、四方八方から見たものの見つからない。
甚く真剣な様相の上司に手を奪われ、それでもなお青年は書面から目を上げぬまま言った。
「そんな事より萱島さん、俺との映画はいつ行くんですか」
「え」
萱島の挙動が止まった。
決してその件を忘れていた訳では無いが。
俄に緊張が蘇った。
今更気付いて手の感触にはっとする。
慌ててそれを離し、気不味さから視線が机の上を彷徨った。
「いや、別に…いつでも」
覇気がない。
まさか当人から改めて掘り起こされるとは思わなかった。
てっきり流れて終いになる話かと。
「今週末は?」
キーボードを叩く相手に直ぐ様返された。
今週末。
萱島は馬鹿になった頭で懸命に数えたが、何度数えようが後3日しかない。
おいチキン野郎。
返答に詰まり、机上を睨みながら自分を罵った。
どうせ昼間っからダラダラ競馬中継見るだけなら、さっさと了承すれば良いだろう。
映画程度で躊躇するなど、ティーンも失笑である。
不審に思った戸和が漸く一瞥を寄越す。
萱島はどうにか了承を呟いた。
(そもそも映画なんて見に行った例が…)
そんな高尚な趣味があれば、もう少しスマートに振る舞えたかもしれない。
いい加減業務に戻ろうかと前を向いた。
矢先、部下に手を握られた。
「…!?」
心臓が止まるかと思った。
妙な汗を流し、萱島は掴まれた右手を凝視した。
「でしたら、昼頃迎えに行きます」
手は直ぐに解放された。
ひとり目を白黒させながら、やっと握らされた物に気付いた。
「…え、ああ」
目を見開く。
手中には、消えた筈の安全ピンが乗っている。
「お前…空間操ってんのか」
感心しっぱなしの萱島に、戸和が不意に口元を緩めた。
だからそれは反則だ。
隔てない微笑へ、ぐっと唇を噛み締める。
痺れる右手をポケットに仕舞った。
映画の約束は頭に仕舞った。
君がこれからも隣に居るならば、焦る必要なんて少しもない。
自分は未だ、その表情すら眩しくて正視出来ないのだから。
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