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第1話

薄暗い書庫の闇より、なお深い闇色の風。 その中から現れた美しい男に、幼い俺は一気に全てが奪われた。 彼が何者か、俺は知らなかった。 知らずに、彼に微笑み、思うままに話し掛け、幼い手で彼の大きな手を掴んだ。 そして彼に会ったのはその一度だけだった。 そう、重ねて言うが、俺はその一度で全てが奪われたのだ。 俺の双子の弟はよく書庫を利用しているが、そんな人物に会った事が無いと言う。 いつしか俺も弟にその人物の事を聞かなくなった。 夢幻(ゆめまぼろし)ではないが、余りにも記憶が遠くなった……。 それでも彼の残像が、闇の色が、俺は忘れられなくて―……恋しくて…… あの絶望と希望を孕む選択の瞬間、突きつけられた現実と同時に、無意識に選んでしまったんだ。 彼にとても似ている……その人物を……俺は…… 俺は……

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