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第1話
───ザザッ!
一人の青年が草原を走っていた。
青年は一糸まとわぬ裸で、身につけている装飾は黒い首輪だけだった。美しい筋肉のついた痩身は野生の獣のように無駄が無い。
走りながら青年は夜空を見上げる。空は曇り、月は出ていない。
青年は忌々しげに舌打ちをするが、この暗闇が逃げる青年の姿を隠してくれているのだ。
───早く。早く草原を走り抜けて……森へ!!
ようやく森の入り口が見えた時、森の手前にある人物が見えた。
白い長衣を着ているので、暗闇で浮かび上がるように青年の目に映った。
青年は慌てて脚を止めた。とっさに身を伏せ、息を殺す。
───なぜ!? 先回りでもしていたのか!?
白い長衣の男、クラウスから今まさに逃げているのだ。
青年はクラウスの屋敷の地下室に鎖で繋がれ一カ月も監禁されていた。
───クソ魔術師め!! 月が出れば、お前を殺してやる!
クラウスは王国一の魔術師で、国王からの信頼も高い。
魔術師から逃げている青年、サシャがクラウスに初めて会ったのは一月前、ある貴族の晩餐会だった。クラウスは吸血鬼の貴族の晩餐会の主賓だった。
サシャは元来、晩餐会などの堅苦しい集まりは苦手だったが、叔父の頼みで渋々来ていた。
───だいたいツンとすました吸血貴族が嫌いなんだよ。青白い顔しやがって。
どうやら吸血鬼の娘が魔術師に惚れていて、その為の晩餐会らしい。王国でトップクラスの魔術師を呼ぶ為に、他の来客も錚々たるメンツだった。
サシャの血筋も一族の中では古く濃い血統だ。こんな茶番のために煩わしい晩餐会に駆り出されたのかと思うとイラついた。
そもそもサシャは従兄弟に会いに叔父の家に来ていたのだ。本当なら従兄弟達と狩りに出たかった。
サシャはボトルごとワインを手にして、中庭の人気の無い場所まで歩いた。
うっとりと声をかけたそうに見ている者達が何人もいたが、気付きもせずに。
サシャの黒髪は夜露に濡れたように輝き、その金色の瞳は黄金のように煌めく。象牙色の肌は赤ん坊のように透き通っていた。
中庭に造られた迷路の入り口のベンチに腰掛け、ボトルに口をつけ直接酒をあおる。
「ずいぶん豪快だね」
「……ッ!? ゲホッ!」
突然声をかけられ驚いてむせてしまった。振り向くと、さっきまで屋敷にいたはずの魔術師が立っていた。
「なんで……」
「あれは私の幻影。誰も気付かないけどね」
魔術師が悪戯っぽく目を細めて微笑んだ。
190近い長身に切れ長の銀色の瞳の美しい男だった。絹糸のような腰まである銀髪はサイドを細く編み込み、無造作に後ろで束ねられていた。
「小娘の相手に辟易してね。私も抜け出してきたのさ」
ニヤリと悪い笑みを浮かべた。サシャはその笑い方が嫌いでは無かった。
「私にも飲ませてくれる?」
「グラスなんか無いぜ?」
かまわないとボトルを受け取り、魔術師は直接ボトルに口をつけてワインを飲んだ。サシャはその横顔が美しいと思った。
「酒だけは上等だね」
「ハハ。料理は不味いのにな」
交互にボトルを傾けながら、魔術師とたわいもない話で盛り上がった。
「君はハイラルの血筋の?」
「ああ。三日後には北へ帰る」
「そう……」
クラウスが少し寂しげな顔をした。
晩餐会もお開きとなり、別れ際にクラウスを見ると、向こうもサシャをじっと見ていた。
退屈な晩餐会が魔術師との会話で以外にも楽しい時間となった。サシャは軽く会釈をし、叔父と共に屋敷を出た。
一度も振り返らずに。心はもう北の森の故郷へと向かっていた。
もし振り返っていたら、魔術師の瞳を見ていれば、危険を察知できたかもしれなかった……。
───それから三日後。
故郷へ帰る道中に魔術師に囚われ、人里離れた闇の森の近くにある屋敷の地下室に鎖で繋がれたのだった。
血を抜かれ、様々な薬品を打たれ、実験動物さながらの扱いを受けた。
今夜、やっとの思いで逃げ出すことができたのだ。
サシャは憎しみの込もった金の瞳で魔術師を睨んだ。
「サシャ、そこにいるのは分かっている」
クラウスがよく通る声でサシャを呼んだ。
「ほら、月が出るよ。君の姿を見せてくれ」
───月が!
見上げると夜空が晴れ始め、大きな満月が姿を現わしつつある。ゆっくりとサシャは立ち上がり、クラウスと相対した。
サシャの黄金の瞳のような見事な満月だ。月明かりがサシャの痩身を照らしてゆく。
「お前を引き裂いてやる。この時をどんなに夢見たことか!」
満月の光を全身に浴びて、サシャの気分は高揚していく……だが、肝心の変化が訪れない。
「……!?」
己の両手を見ても、爪も伸びておらず、人間の華奢な手のままだ。
「!?……なんでッ!?」
「成功したみたいだ」
魔術師がすぐ側まで来ていて、サシャはギョッとした。
「アッ!?」
魔術師が手をかざすと草原の草が生き物のようにシュルリとサシャの足首を捕らえた。仰向けに倒れたサシャの両手首にも巻きつき、四肢を大地に拘束する。
「君の血を入れ替えたんだ。純潔の狼人間の血を、ただの人間に」
「な、に……!?」
「今夜はテストだった。成功だよ。君は二度と狼には変身できない」
「……そんな……うそだッ!」
サシャの裸身がガクガクと震えた。誇り高き力が失われたなど信じたくなかった。だが、見事な満月の下でサシャはか弱い人間のままだった。
「……どうして……こんな……」
魔術師がゆっくりとサシャに覆い被さる。
「一目惚れだ」
「!?」
クラウスは一目見た時からサシャに心を奪われていた。理由など知らない。彼を手に入れられないなら、死んだ方がいいとさえ思えた。
だが、サシャが狼の血族だと知り、頭を悩ませた。狼族は同族以外には惹かれないのだ。一族の結束は強く、他種とは決して交わらない。しかも変身している間は無敵で、どんな魔術も効かなくなる。
───だから全て変えてしまおうと決めた。
ただの人間に変えてしまえば、狼の血族はサシャに興味を失う。
───私だけのサシャになる。
クラウスの言葉に表情を失くし、小さく震えるサシャに魔術師は口付ける。サシャの咥内に牙は無い。ねっとりと舌を絡めたところで、ビクリと痩身が跳ねた。
「……んぅ……やめろっ! 何を!?」
「君を抱く。この月の下で」
クラウスはサシャの裸身に掌を這わせた。
「なっ!? 嫌だやめろ!……いやだぁッ!!」
見事な満月の光の下。卑猥な音と荒い息遣いが草原に響く。
「あう!……いやぁッ……やめろ!……ぁあ! ひ、ううッ」
両手首を拘束されたまま脚を高く抱えあげられて、後孔を逞しい男根で犯された。初めての痛みと屈辱、そして少しずつ快楽を拾いはじめた己の肉体にサシャは打ちのめされる。
「ああ……サシャ、素晴らしいよ」
「い、ぁああッ! やめ、ろ……あ、あ、あ! いや……嫌だッ」
首を打ち振り、どれほど拒んでも、後ろにがっちりと嵌められ、魔術師に支配されている。
サシャのいいトコロを剛直が突き上げた。
「ヒッ───!! あぁああっ! やめて!」
見開いたサシャの瞳からハラハラと涙が溢れる。泣き濡れた黄金の瞳は美しかった。
「あ、あ、はぅ……アッ!……んんぅ」
魔術師はサシャの唇を貪り、サシャの濡れた肉茎を捏ねるように愛撫して、さらにサシャを追い詰めていく。
「んんッ! ひ、ぃやあ……ぁん、む……んんんッッ!!」
サシャの陶器のような頬に朱が刺し、誘うように腰がうねる。肉体の奥から熱く、淫猥な欲望が溢れてくる。
「ああ……!」
───月よ、惨めで淫らな俺を照らすな!
サシャの願いは叶わず、降り注ぐ月明かりの下で魔術師はサシャを激しく抱き続けた。
「愛しているよ。君は、私のもの」
絶望と快楽に堕とされてゆくサシャは、月の光から逃れるようにゆっくりと瞼を下ろした。
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