3 / 151

鞭と愛撫

犬塚は深い沼からゆっくりと浮上していくような感覚を味わっていた。うっすらと目を開き、数回瞬きして、はっきりと意識を取り戻す。 ───!! 竜蛇! あの野郎……! 瞬時に己の置かれている現状をチェックする。 さっきのホテルとは別の場所のようだ。 白と黒を基調とした、シンプルだが品のある雰囲気の広い部屋。 犬塚の両手両足首には黒革の拘束具が嵌められていた。両手は天井から下がる鎖に、両足は床の留め具に繋がれていた。 しかも、一糸まとわぬ裸で。 ───くそっ!! なんの真似だ!? 「目が覚めた?」 背後からの声にハッとする。犬塚の全身に緊張感が走った。 竜蛇は気にした風もなく、後ろからこわばった犬塚の裸身を抱きしめて、甘い声で囁いた。 「頭痛いとか、気持ち悪いとか無いか?」 「……くそ野郎ッ!」 犬塚は背後へ首をひねり、竜蛇を睨みつけた。 「それがお前の本当の色だね。犬塚」 言われて気付く。鬘とカラーコンタクトも取られていた。 「象牙色の肌に黒曜石の瞳、髪は鴉の濡れ羽色……か。お前、純血種だったんだね」 犬塚は生粋の日本人種だった。 黒い瞳を青のカラコンで隠してきたのだ。竜蛇は興味深げに変装を解いた犬塚の顔を見つめた。 「……なにが目的だ?」 犬塚はいっそう警戒して低く聞いた。昔は人身売買組織が日本人の子供を商品にしていた。犬塚もその一人だった。 今でも希少価値のある純血の日本人を狙う奴もいる。 「言った通り俺のオンナにするんだよ。 お前が純血種だってことは……まぁ、意外なオプションってくらいかな。 俺が欲しいのは、ただのお前だ」 竜蛇の唇が犬塚の頬に触れた。 「やめろッ! 意味が分からない!」 「お前が可愛い。愛しい。犬塚」 竜蛇が男らしい骨張った両手で犬塚の全身を撫でまわす。 「ヨーロッパになんか行かせないよ」 「……!?」 「お前は俺のモノだ。犬塚」 蛇のような目で、まるで犬塚を丸呑みにしてしまうかのような視線で竜蛇は犬塚を見ている。 ───この男は本気だ……! 犬塚は顔色を失い、カラカラになった喉を潤すように、ゴクリと唾を飲み込んだ。 犬塚から一度離れて、竜蛇は黒い革製の猿轡を手に戻ってきた。 「やめ……く、んぅ!」 抵抗する犬塚の口にしっかりと革の猿轡を噛ませて、頭の後ろでベルトを留めた。 犬塚は憎しみを込めた目で竜蛇を睨み付ける。竜蛇は猿轡の上から、べろりと犬塚の唇を舐めた。 「ふ、うぅっ!!」 嫌がって首を振る犬塚から離れて、竜蛇は真正面に立った。黒のスーツが手足の長い長身に映えて、嫌味なくらいに優雅だった。 その手には細身の鞭が握られている。 全長60センチほどのステンレススチール製のケインと呼ばれる鞭で、元々は竹を削って作られ、古代中国や古代日本では刑罰用に用いられていた。 華奢で優雅な見た目とは相反して、よくしなり、鋭い痛みを与える。 優雅でしなやか、だが強靭。竜蛇によく似合っている。 犬塚は竜蛇の持つ鞭を見て、目に力を込めて再び睨みつける。拷問に耐えるよう訓練も受けていた。 ───こんな奴の思い通りになんかなるものか! 「……では」 ヒュッと一振りして、竜蛇は犬塚に微笑みかける。 そして、容赦なくケインを振り下ろした。 「んんんぅッッ!!」 乾いた音が部屋中に響く。 竜蛇は手を休めず、犬塚を打ちすえていく。 「う、ぐぅッ!───んんんッ!!」 犬塚は細いが美しく筋肉のついた身体を若木のようにしならせ、猿轡を噛み締めて痛みに耐える。 「んんぅ……ぐ!……んッ!」 裏も表も鞭を浴びせられ、犬塚の表層の皮膚が切れて、うっすらと血が滲んだ。 「んっ……う、ふぅ……んんっ!?」 これは拷問で与えられているのは痛みだけのはずが……ゾクリと快楽に近い感覚が犬塚の背を這う。 ───な、に!? 「んっ……ふぅ……む、んんっ……!」 犬塚の黒い瞳が潤み、吐息に甘さが混じり始めた。 その様を見て、竜蛇がひっそりと嗤う。 犬塚を腕に抱きしめて、その体に掌を這わせたときに、触れられて犬塚が無意識に息を詰めるところを確認していた。 微かな反応を逐一見逃さずに、竜蛇は犬塚の性感帯を見つけていたのだ。 今、鞭で責めているのは、全て先程見つけた犬塚の性感帯だった。 強く抉るように振り下ろしたり、優しく撫でるように掠めたり、まるで愛撫するように犬塚の痩身を鞭打った。 ビクビクと陸にあげられた魚のように、犬塚のしなやかな肢体が跳ねる。 竜蛇は少し興奮したように唇を舐めて、うっとりと犬塚の痴態を眺めた。 犬塚が竜蛇を毛嫌いしているのは知っている。だが、竜蛇からの依頼を決して断らない。 竜蛇の仕事はいつも危険でリスクが高い。犬塚は依頼を完遂するが、いつもその身に傷を作っていた。 犬塚に相対するうちに、そこに暗い愉悦があることを竜蛇は見抜いていた。 ひとしきり打ち据えて、竜蛇はようやく腕を止めた。ぐったりとした犬塚から猿轡を外す。 「……あ、うぅ……」 竜蛇は自分の掌を舐めて濡らし、犬塚の下肢に手を伸ばした。犬塚のぺニスは勃起していた。勃ち上がったモノを唾液で濡らした手でゆっくりとしごく。 「あっ!?」 「鞭で打たれて、感じたのか?」 竜蛇が低く嗤いながら、犬塚のモノを更に高めていく。 「ぅあ! やめろッ!!」 「すごいね、犬塚。お前のペニスは火傷しそうに熱い」 「や、めろ!……いやだっ……あ!」 竜蛇の手の中で犬塚のペニスは快楽に反り返り、先端から快楽の涙をトロリと零す。 「犬塚」 竜蛇が犬塚の顎を掴み、顔を上げさせる。 「噛み付くなら俺の舌を噛み切れ。もちろん、その場合お前も道連れにするが……SMプレイの果てにヤクザと情死なんて、ブランカには知られたくないだろう?」 「……何ッ!?」 そう告げて竜蛇は犬塚と唇を合わせ、すぐさま舌を絡めた。 「んぅ……う……うぅ……ッ」 竜蛇の口からブランカの名が出たことに動揺して、傍若無人に咥内を暴れる竜蛇の舌に噛み付くこともできず、いいように貪られる。 唇を奪われながら、ぬちぬちと男根を扱かれ、下肢を責められ続けた。 「ん……んふ、あ、やめっ……はぁ、んんぅッ!!」 竜蛇の淫らな手の動きに追い詰められ、犬塚の内腿が小刻みに震えた。 絶頂の兆しに犬塚はもがいて抵抗し、ガチャガチャと拘束具が音を立てた。 「イキそうか?」 「違うっ! やめろッ嫌だ!……い、んう」 竜蛇は深く唇を合わせ、犬塚の拒絶の言葉も喘ぎ声も竜蛇に奪われてしまう。 ───嫌だ!! このままじゃ……!! 「う、んんっ……ぅう───ッッ!」 ビクビクと大きく痙攣し、犬塚は竜蛇の手に白濁を吐き出した。 「……ぁ……ハァ、ハァ……っ」 「いい子だ。犬塚。可愛いよ」 竜蛇は満足そうに微笑み、ちゅっと可愛らしい音を立てて、犬塚の頬にキスをした。

ともだちにシェアしよう!