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アキラ2

   この地区にはヒスパニック系も多い。ほとんどが不法入国者だから、ブランカもそうかもしれない。 けれど、彼女は不思議な雰囲気を纏っているとアキラは感じた。どこにでも溶け込めそうでいて、他者が入り込む隙のないオーラを持っている。 ───危険な女なのかも…… ブランカが部屋へ帰っていったあと、再び階段に座ったアキラはぼんやりとそう思った。 いったい何が危険だと思うのか問われても上手く答えられない。一方的に話しかけられただけの女に少し怯んだだけだ。 アキラは女相手に怯んだことに恥ずかしくなった。 ───何が危険だ。バカバカしい。 客の男が出て行ったのを確認してからアキラが部屋に戻ると、母親はシャワーを浴びていた。あまり相性が良くなかったらしい。 体を売るのは生活する為だと言うが、母はセックス狂いだと思う。相性の良い客とのセックスの後は満足してシャワーを浴びずに寝ている事が多い。 逆に合わなかった時は執拗に体を洗うのだ。 「向かいの部屋に女が引っ越してきた」 バスルームから出てきた母親にそう声をかけた。母と話すのは四日ぶりだろうか。 「女なのか……。男なら客にできるのに」 母は興味無さげに呟いて、キッチンの椅子に座り、飲みかけのビールを口にした。すっかりぬるくなっていて不味いだろうに、ごくごくと一気に飲み干した。 まだ濡れている腰までの黒髪。切れ長の瞳。美人という程でもないが、エキゾチックな顔立ちをしている。 立ち居振る舞いは下品な娼婦そのものだ。身体つきは太すぎず、細すぎずで、ある種の男にとっては魅力的な女に見えた。 同じ黒髪なのに、さっきの女とは大違いだ。アキラは横目で母を見ていたが、視線を外して自分の部屋に戻り、ベッドに寝転んだ。 「おはよう、アキラ」 ブランカはアキラの顔を見る度に声をかけてきた。アキラは無視し続けていたが、気にしたふうもなく毎度話しかけてくるのだ。 ブランカはアキラに対してだけでなく、アル中にもゲイの男娼にも愛想よく接していた。いつのまにかアパートの住人や近所の人達と顔見知りになり、どこのスーパーがお買い得だの、あそこのパン屋はクソほどまずいから買うのは止めた方がいいだの情報交換なんかもするようになっていた。 いつも通り挨拶してきたブランカを無視して、アキラはアパートを出た。 あてもなく歩いていると、同じ方向なのかアキラの隣をブランカは歩いた。 アキラは小さく舌打ちしてブランカを睨んだ。ブランカは170あるアキラよりも少し背が高く、アキラはほんの少しだけ見上げる形になる。そのことにも少しイラついた。 「……あんた」 「あんたじゃない、ブランカ」 「あんたさぁ、なんなわけ? 無視されてんの気付いてんだろ? 男漁りが趣味か? うぜえよ。それともロリコンかよ、ババァ」 アキラの言葉にブランカはぴたりと足を止めた。怒るのかと思ったら、笑い出した。腹を抱えて大笑いするものだから、アキラの方が恥ずかしくなった。 「笑うな!」 どうにか笑いを堪えたブランカは謝りながらアキラの背中をポンポンと叩いた。 「ああ、ごめんなさいね。ロリコンって……ふっ、あなたを? ……だめ、笑っちゃう」 「な、な……」 「まぁ、私からすればあなたは子供よ。それが男漁りだなんて、背伸びしたこと言うから。それにババァなんて呼ばれたのは初めてよ。新鮮だわ」 アキラの暴言にブランカは怒りもせず楽しそうに笑っている。アキラは言い返すこともできずに黙り込んだ。 「ああ、拗ねないでね。可愛いと思っただけよ」 「ふざけんな!」 体格もよく、背の高いアキラは18、9に見られることが多い。いつも不機嫌な顔をしているので、ビビられることには慣れていたが、可愛いなどと言われたのは初めてだ。 「アキラ、今日はヒマ?」 「は?」 「あなた、学校には行っていないみたいね。ちょっと付き合ってくれない?」 すっかりブランカのペースだ。断る間もなく、アキラはブランカの買い物に付き合う羽目になったのだった。

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