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コーヒーにはバタークッキーを添えて
――あっ姉ちゃん。今大丈夫? 15分…10分でいいから時間ちょうだい。ありがとう。
――……姉さんって結婚したっけ? あっ、いやそういう意味じゃなくって、春子義姉さんと、紙出したっけって意味で。
――うっ…分かっちゃうんだなあ。由紀が結婚しようって言ってくれて…超嬉しかったのに断っちゃって…。
――何でかわかんないけど、そう、いきなり由紀が大好きだから結婚してって。にやけてないし。いやごめん、にやけた。超色っぽくって泣きそうな顔しててさー…あ、ごめん。めっちゃ嬉しかったって言いたかっただけだから、怒らないで。
――わかんないよ。だから電話したんだって。寝る前までは全然そんな気配なかったし、夜の間に何があったんだろ…心配で。
――俺、一年くらい前かな? 結婚したいですっていったことあったんだけど、そんときは反応が芳しくなかったから、また1年後にプロポーズするから、考えといてって言ってたんだよ。だから、いやほんと嬉しかった。
――大好きだよ。なんで断っちゃったのかな、俺。多分ね、すごく言葉にしづらいんだけど、もやもやしたんだと思う。俺からしたかったとかそう言うのじゃなくって、どうしたのかな、様子おかしいなって感じ。
――ええとね、起きたときにちょっといたずらしてて、鼻の頭かじられたのね。あ、痕はついてない。そしたらなんか泣いてて? ほっぺたが濡れてて、目元が少し赤くて、そうだから色っぽくて。そしたら、なんかいつも俺がするやらしい方のキスしてきて、あれなんか由紀変だな? ってなったんだよ。
――喧嘩してぴりぴりしてるより、いちゃいちゃらぶらぶしてるほうが安心でしょ。そうじゃなくって、昨日は普通だったし、いつも通りおやすみってキスしたら困った顔してたし、抱きつくようなことしなかったし。
――切らないで! ごめんて、ほんと。聞きたかったのは、由紀の様子、変じゃなかった? ってことなんだよ。
――由紀、思い詰めたりしてなかった? 自棄になったりしてなかった? 俺のことなんか言ってたりしてた? してない? 本当? 疑ってるわけじゃないんだけど。
――不安なんだよ。いきなりあんなこと言って無理してんじゃないかって。え、ありがとう。いいのかな? お願いして。ありがと。
――じゃ、わかったことがあったらメールなりなんなりで教えて欲しいな。うん、ほんとありがと。切るね。
*
一週間前の姉との電話を思い出した。ソファにもたれて天井を仰ぎ見る。ちかちかしてるから、そろそろ変えなきゃいけない。
のんびりしながら、由紀のことをまた考えていた。昔はあんなに俺の一方通行だったのに、今では少しずつ、気持ちを形にして表してくれている由紀。俺が好きだというと困った顔をしていたのに、あの朝、由紀から言って貰えた。嬉しかった。
不倫している上司の話を聞く度に、うちがそうならないと良いなと思うばかりで、だから由紀が俺のことだけを見ているとわかると、本当に安心する。好きって気持ちを肯定されているような気持ちになる。
頭が全然働かなかった。今日は由紀が外食の日で、まだ帰ってこない。一週間前の話の続きをしたいのに、連絡すら来ない。疲れて帰ってくるだろうから早めに寝させてあげたいし…こういうとき、そわそわしてしまう。
時計を見るとまだ9時を回ったところだ。いつもなら夜はまだこれからだと由紀が帰ってこなくてもそこまで心配しないのに、今日ばかりはスマホの電源をなんども付けたり消したり何ともせわしない。
「はあ……」
ため息を一つ吐くと、空間の広さが刺すようだった。寂しい、切ないというより心許なさ。今由紀が、誰と何をしているのか不安で、いても立ってもいられないような気持ち。由紀に今すぐ会いたい。何があったのか、なんの変化があったのか、確かめたい。
何でか、由紀にプロポーズされたあと、気まずくなってしまって、お互い――いや、俺が由紀を避けるようになってしまった。それで一週間経ち、今日に至る。
だって、由紀の渾身のプロポーズを断ってしまったんだ。なんでって一週間前の俺に言いたい。もう困る。悲しい。念願の由紀からの求愛だったのに、なんでパニクって断っちゃったんだろう。「好き!」「好き!」「結婚!」で終われるくらい、俺が単純だったら良いのに。
雑誌の紙面に手を滑らせても、リビングの灯りが反射して見えない。もういいやと空間を埋めるためにテレビをつける。
今流行りのドラマがやっていた。
教師と高校生の禁断の愛。生徒に好きだと言われても、教師は立場上頷くことができない。ひたすら、卒業を待つ二人。ベッドシーンはおろか、キスシーンもデートもないが、『禁断の愛』というわりにピュアな関係なのが受けているらしい。
男女と言うだけで、卒業したら許される。けど、相手が学生のうちに関係を結べば社会的に危うい。
かたや由紀は、同性が好きと言うだけで自分を責める。許そうとはしない。
由紀は自分がそこまで好きではないらしい。それでも昔とはちょっとずつ変わっていって、「啓太が好きな自分は好き」だと言っていた。可愛いやつだと思った。
テレビの中で、先生が生徒の背中を叩く。何気ない日常のシーンで、目を合わせることもできない二人。その接触だけで、あとは笑い合うこともできない。家に帰ってから、辛いと泣き出す主人公の生徒。
あまり、こういうのは好きじゃない。
エンドロールが流れる画面を消して、ソファに倒れた。三人掛けのソファだけど、ちょっと休む分には全然いける。ブランケットを取りに行く気持ちにもならず、由紀が来るまで、という気持ちでまぶたを閉じた。
苦しくて目を覚ます。メガネが少しずれていたのをかけ直して、猫でも乗っているかと思った胸元を覗くと、由紀が額を胸に押しつけていた。体を起こしながら、ささやき声で問いかける。
「どうしたんだよ、由紀」
「……おかえりって言われると思って、言われなくて、リビング覗いたら…心配になるから、そうやって寝るのやめろよ」
声が少しふらついてて、酒の臭いが強い。酔って帰ってきたみたいだった。
「心配って、いっつもこうやって寝てるじゃん」
「それでもダメだ。今日からもう禁止する」
「え~、待ってたのに」
「それは、…ありがと」
指通りが心地良い由紀の髪に指を通しながら、うん、どういたしましてと余裕ぶった返事をする。心臓の音を聞いていたのだろう。心配になるけど、それで安心するなら良いか。
由紀は、心臓に額を当てたままで、頬から胸元までを撫でた。誘うみたいに撫でてると言うより、なにかを確認しているみたいだった。安心させたくて、背中を叩く。大丈夫、俺はここにいるよと。通じるかは分からないけれど、なにかに怯えてる由紀をそのままにしたくない。
「啓太」
由紀が膝に乗り上げてきた。ソファに体重を預けてるから、そこまで重みはない。
やっと由紀の顔が見られた。泣いているわけじゃなかったことに安堵する。どうしても声が弾むのを抑えられなかった。
「どうしたの、今日は甘えるね」
「嬉しいくせに」
「嬉しいよ。そういうの好き」
苦いものを噛むような顔をした。ともすれば泣きそうに見えるし、溢れそうな感情を押しとどめているようにも見える。ひたすら体を撫でてやると、由紀がぼそりと呟いた。
「……帰る前から、甘えるつもりだった」
なのに、と顔が歪む。あ、やっぱり泣きそうだったんだとほっとした。
「お前がソファなんかで寝てるから、それどころじゃなかったんだよ」
「ごめんね、ごめん。どうしたの、コーヒーでも淹れようか?」
「いい…余計眠れなくなる」
「デカフェにミルクも入れるからさ」
今ならバタークッキーも付けちゃう、と冗談めかして念押しすると、由紀が折れてくれた。それなら飲みたい、と俺の上から退いて、ソファにちょこんと座った。キッチンへ立って後ろを向くと、その背中がいつもよりずっと小さくって、今すぐキスしに行きたくなった。
甘くなるからデカフェもミルクも好きじゃないけど、由紀に尽くしたい気分だったのだ。いや、機嫌取りかもしれない。ちょっとでも心を軽くして欲しかった。
デカフェだと自分では牛乳と混ぜるしかできないのがつらい。ほんとは粉にするのから全部したいけど、今は少しでも長く隣にいたいと思った。
1つの白いマグカップに、冷蔵庫に入っていた2Lボトルと牛乳をそそぐ。コーヒーっぽい味が鼻腔に満ちる。木のトレーに、マグと、バタークッキーを4枚乗せて、テレビ前のローテーブルに運んでいった。
由紀がうつらうつらしてる。疲れて帰ってきてるから、やっぱり寝させてやりたい。けどこのままじゃ風邪を引かせる、それは避けたい。肩を揺すぶって、マグカップを差し出す。
「由紀、起きてこれ飲んで。ほらしっかり持って? こぼれちゃう」
目元を擦って、由紀は俺を視認すると、マグカップに気をつけながら首に腕を巻き付けてくる。やっぱり今日は甘えん坊だ。
「んー」
「ほら由紀、こぼれちゃう」
「のませて…」
こうやって、とキスを仕掛けてくる。ねっとり甘えるみたいな深いキス。何度も口を離しては舌をねじ込まれる。鼻から抜けるん、ん、という声がやたら甘い。由紀は気が済むまですると、ね、と言って曖昧に笑った。
その顔が寂しそうで、誘っているんだなと分かっても、その気になれない。変な顔をしていると、分かっていたようで、ぺろりと舌を出した。
「ダメか」
「とりあえず飲んでよ。淹れてはないけど、それなりに美味しいやつだからさ」
「ん…」
手の中へ入れてやると、癖のようにマグへ息を吹きかけ、赤面して口を離した。
しばらく由紀は照れ隠しのようにしばらく茶色の水面を睨み付けていたけれど、諦めたようにこくりと飲み込んだ。美味しい、とほっとした顔で言われると、俺まで美味しいものを飲んでいるような気がした。
お土産で買ってきたバタークッキーは、我ながらおやつのコーヒーにぴったりだった。
「飲みながらで良いけど、今日どうしたの? お酒で失敗するって久々だよな」
「たしかになー」
「誤魔化さないで、教えて、由紀」
すぐに流そうとする。由紀のマグカップを持つ指先が少し震えてて、言いたくないことは言わなくて良い、と口から出そうになった。何度それで失敗でしても、話すことでもう一回由紀を傷つけそうで、傷つくぐらいならどこにも行かないで、ずっと俺といてなんてことすら言いたくなる。
ばかげている。
俺が思うより、由紀はずっと強いし、ずっとかっこいい人なのに。
「……言わなきゃいけないか?」
「もしかしたら、言えば楽になるかもって思って…」
由紀の口から笑い声が滑り出た。思わず、というようで、なんだか薄寒さを感じる。
「失敗したんだよ、ただミスって、距離おかれて、それでも笑って接さなきゃいけなくって、頑張ってきた」
「仕事のこと?」
「いや、……何お前に隠してんだろうな、俺」
「言いたくないなら、ぼやかして良いんだよ」
「言う。言うから、食べ終わるまでちょっと待って欲しい」
その時、由紀の目がうるっとしたのに、自分でも良く気がついたなと思う。一瞬だけ喉が引きつったような声がして、瞬きをしたら涙の膜も溶けたように消えた。言われた通り、俺は黙って見守った。
由紀は何度か深呼吸したあとに、コーヒーを飲んで、バタークッキーをむさぼるように食べた。あまりに食べ足りなさそうだったから、一枚あげると、小さい声でありがとう、と来た。ぽろっと切なさ愛しさがこぼれ落ちたような本当に小さな声で、胸がうずくのを止められなかった。
「……あの、さ…」
もう冷めただろうコーヒーに息を吹きかけて、小さく声を漏らした。指に伝わる熱は変わらないのかもしれない。ぬるいコーヒーをすすると、苦い、と不満げな顔をした。一応ミルクは入れてるからそこまでじゃないだろうに、敏感な舌だ。
ぼうっと濁った水面を覗きながら、由紀はあったことを少しずつ語りはじめた。
「その…啓太に、結婚したいって言ってから、おかしくって、なんか…何でもできるような気になっちゃって」
「え、待って、あれはとりあえず本気だったの?」
俺は、本当にびっくりしていた。だって、由紀だ。自分の中に、由紀は絶対そんなこと言わないって言う思い込みがある。由紀は「結婚」の二文字に良い反応をしてこなかったから、嬉しかった反面、疑いもしていた。
由紀は不愉快そうに顔を歪めて、テーブルにマグを置いた。
「……お前さ、そんなに俺を信じてないのか」
「違うそうじゃなくって…ごめん、話曲げて。あとで落ち着いて話そう」
「……」
本当にごめんと手を握った。指先がやっぱり冷たい。疑ってごめん、話曲げてごめん、無理に話聞こうとしてごめん、謝りたいことはいっぱいある。けど、今言ったって陳腐にしか聞こえないから、あとで冷静になったらちゃんと言おう、と心に決めた。
なるべく優しい声を出そうと努めた。
「それで、なにやったの?」
「――カミングアウト」
え、と素っ頓狂な声が出た。由紀が睨んでくるけど、そればっかりは許して欲しい。声が弾むのを抑えられなかった。
あのさ、由紀。ごめん。俺はそれでも、その一言がすごく嬉しい。
「え、由紀、ずっとクローゼットだったのに、なんで」
「…だから、よくわかんないけど、なんでもできるような気分になっちゃったんだってば」
「ほんとにそれだけなのか?」
しつこく聞くと、由紀は閉口した。まずい、テンションが上がりすぎて、由紀を押しまくってしまっている。また疑ってると思われたら嫌だから、俺は由紀の手を、ぎゅうぎゅう握って、疑ってないよ、って示してみた。
「……知んないよ。俺だってびっくりした。急に言いたくなって、部署のいろんな人とサシ飲みして…で、今日失敗してやけ酒。それだけ」
「いやいや、省きすぎ…もうちょっと詳しく教えてよ。なんて言われたの?」
「言いたくない」
「ねえ由紀」
由紀のあごを掴んで、目を合わせようとする。けれどこっちを向かないし、無理矢理顔を合わせようとしても目だけ逃げられる。
「啓太」
咎めるようなきつい口調だけど、声はしっとりと甘い。まるで、バタークッキーのようだ。
「言いたくないときはほっとくって、自分で言ってただろ。同棲する前。忘れたのか」
その言葉に思わず頬を膨らませた。それを持ち出すのはずるい。拗ねるなよ、リスみたいだと言われた。年上ぶったその口ぶりが気にくわなくて、由紀を引き寄せた。俺は由紀より大きいんだぞなんて思って、腕の中に閉じ込めても、由紀の落ち着き振りに絶対に縮まることのない年齢差を感じてしまう。悔しくて仕方が無かった。
だから余計に、言うことを聞かない幼い子どものような行動を取った。
「二人に関係あることだから、ほっとかない。何百回も聞き返すよ」
「何百回って小学生か」
「男は大人になっても子どもでいたい生き物なんですー」
「……ったく」
肩口に額を寄せると、手を伸ばして由紀が撫でてくれた。年上のくせに甘え方を知らなくて、そのくせ甘やかしじょうずで困る。末っ子なんだから、そんなことされたら無限に甘えるよ、俺。
由紀、酒臭いと言うと、じゃあ風呂入らせろと笑い声混じりで言われる。笑ってくれたことに、心の重みが少し消えた。由紀が笑ってくれると、空気が軽くなる。
良いかな、とどぎまぎしながらも、末っ子らしく、上目遣いでおねだりしてみる。
「どうしても教えたくない?」
「…ここまで言われたら言うよ、ムキになってただけだから。男同士でなんてあり得ないって言われた。セックスどうやってやるのとか、俺は違うからなとか、あと…なんだっけ」
忘れたと由紀は言った。俺はもう、追求する気が起きなかった。興味の風船が急速にしぼんでいくのが分かった。
押しつけた鼻先から感じる、お酒と、コーヒーと、ほんのりバターと由紀の匂い。ちょっと汗臭いのは、緊張のせいなんだろう。
なにも言いたくなかった代わりに、由紀をぎゅっと抱き締めて、「愛してるよ」と言ってみた。由紀も最近、めちゃくちゃいっぱい好きだとか愛してるだとか言ってくれるから、言ってくれないかなと思って。
そうやってどきどきしながらたっぷり数十秒待ってたら、俺だって愛してるよ、と言ってくれた。心臓の鼓動が跳ね上がった。やっぱり、由紀のこと、誰よりも好きだと胸にじんわりきた。
ああ、抱き潰したい。全部で慰めたい。
三十路に片足乗っかっているとはいえ、まだ俺は20代のバカみたいな性欲が有り余ってる。でも、由紀がちょっとずつ体力落ちてきたから、付き合いたてのころのようにしまくらない。ただ、一回一回大事に、深く愛し合うだけ。それだけで精神的にも肉体的にも満足だから、最近自分が大人になってきたような気になっている。
俺が由紀を好きなのは、体だけじゃない。甘え下手な性格も、甘やかし上手で俺を翻弄する魔性の言葉も、まあつまり、由紀を構成する全部、好きだと思う。
クローズのままなのも、由紀のそんな「全部」の一つだから、無理矢理に変わらないで欲しいとも思ってた。もちろん、オープンにしてくれたらそれはそれで幸せなんだけど。
俺たちこんなに愛し合ってるのにね、そんなド新婚でも言わないようなことも口にした。
「……お前のこと、好きだからさ、ほんとに」
しんみりした寂しそうな声。もっとちゃんと抱け、と回した腕を叩かれる。しょぼくれるわりに男前で、ほんとにそういうところがたまらない。
「好きなやつのこと、いろんなやつに自慢したくなった。恵李…お前のお姉さんが、自分の恋人のことを言うときみたいに、『俺の恋人はかっこいいだろ?』ってさ」
心臓をわしづかみにされたみたいに、一瞬鼓動が止まった。え、由紀、俺をいろんな人に自慢したいから、いろんな人にカミングアウトしてたの?
「啓太がこんなことしでかしたとか、一緒にここ行ったって言ってお土産持ってったり、したかった。ひっそり世間に知られずに結婚しても良いけど、どうせなら、…愛情なんて目に見えないけど、俺がお前をどれだけ好きかって言うのを、お前以外の誰かに覚えてて欲しかった」
由紀、と唸るような声が自分の喉から出た。だって、そんなの、「お前が好きだから」って、惚気にもほどがある。
「でも現実は難しいな。好きだからとか、愛してるとか、その前に『生物学的にどうなんだ?』なんて話持ってこられると…おい、啓太、苦しい」
「ごめん…嫌だっただろうに、俺めっちゃ嬉しくて、心臓が壊れそう」
「話聞いて貰って、だいぶ落ち着いたから良いよ。…ほんとお前、俺のこと好きな」
「好きだよ。…由紀だから、好き。俺多分、由紀が女でも好きだった。俺が女の子でも『やばいこの人可愛い! 好き!』ってなってた」
「啓太はな。けど俺は、お前が男で良かったと思うよ。そうじゃなきゃ、恋愛対象にもならなかった」
「そうだった…忘れてた…」
今、由紀と好き同士なのが当たり前で、自然で、たまに性別とか、現実にある面倒くさい問題とか、そういうのを全部忘れかける時がある。けど、たまに胸が苦しくなって、『俺が好きなのは由紀っていう人なのに』とうなだれると、そういえばまだ男同士で生きるの厳しい時代だったよな、なんて思い出す。
苦しいよ。だって俺、女のこと付き合ってたとき、世間体とか考えなかったし。
「…ちょっとずつ、そういう苦しいのさ、二人でどうしよっかって額付き合わせて考えたいです。だから」
「プロポーズするなら、酔ってないときで、もうちょっとシチュエーション考えてしてくれよ」
「あーもう!」
雰囲気クラッシャーめ! と俺が憤ると、由紀が笑ってソファーを下りた。どっか行っちゃうのかなと思ったら、床に座り込んで、俺の顔をのぞき込んでくる。
「いつでも良いよ、死ななきゃいつまででも待てる。啓太なら、俺の弱みにつけ込んだりしないだろ?」
もちろん、そう言って由紀に大きく頷いてみせる。無償の信頼には重さがあって、胸がうずく。由紀は俺以外に、こんな信頼の全部を預けたりしないだろうから。
「じゃあ、明日にでもプロポーズしてよ。役所に紙出して、啓太の指輪、俺に選ばせて欲しいなぁ」
そういって由紀は、あの朝みたいに笑った。屈託のない、優しい朝の光が似合う顔で。
その顔が、俺は一番好きだ。
「由紀さん」
「おはよ、今日は早いな」
「うん。だって、今日は忙しいでしょ? 早く起きて。一緒にコーヒー飲んで、朝ご飯食べよ。――ずっとさ」
「良いよ。……俺、子ども産めないよ、男だから」
「男の、かっこいい由紀が俺は好きなんですー。だから結婚しよ。俺は、由紀さんとずっと一緒に居られる権利が欲しいんです」
「毎日、お前のコーヒーが飲めるなら、考えてやってもいい」
由紀は、レースカーテンから漏れる柔らかい光に照らされて、挑戦的に笑ってた。目元の隈が、昨日緊張して眠れませんでした、と物語っている。大口叩きのくせして、緊張しいなのもまた、胸がきゅんとしてしまう。
つられるようにして、俺も笑った。
「もちろん。ミルクは欲しい?」
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