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再び目が醒めたのは、八時ころだった。少しのんびりと準備をして余裕をもって学校にいける、ちょうどいい時間だ。
「んー……」
まだ気怠くて、ごろんと寝返りをうつ。もうすでに家をでてしまったのだろう、智駿さんはあたりまえだけど隣にはいなくて。なんとなくさみしいなあ、と思って俺は布団に半分顔をうずめる。
智駿さんの匂い。鼻の中にすうっと入り込んできて、なんだかすごく心が暖かくなる。ずっと包まれていたいなあ、なんてそう思う。気持ちいい。こうして、智駿さんの匂いに包まれているだけで、すごく気持ちよかった。
もうちょっとこうしていたい。でももうそんな時間はない。残念な気分になりながら俺は体を起こす。夢からさめたような――幸せな時間が終わってしまったような、そう、例えるなら旅行から帰ってきたときのような、そんな気分で胸がいっぱいになる。ああ、すごくいい時間をすごした。ぼーっとしながらふらふらと立ち上がって、何気なくテーブルに視線を移せば……
「ん、」
テーブルの上に、メモと鍵が乗っていた。
『キッチンにおにぎりとお味噌汁があるから時間があったら食べていってね! 鍵はかけたらマンションの入り口にある、僕の部屋番号のついたポストにいれておいて! それから、なにかあったら連絡してください。 ID→×××××』
「……え、……あ、うお、」
なんだかかあっと体が一気に熱くなった。メモを持ちながらキッチンの方に向かえば、たしかにラップにつつまれたおにぎりが置いてあって、鍋の中には味噌汁がはいっている。わざわざ準備してくれたのだと思うと、きゅ、と胸が締め付けられるような感覚を覚えた。コンロに火をつけて味噌汁を温めながら……メモの下のほうに書いてある連絡先を見つめる。
「智駿さんの連絡先……」
胸が踊るようだった。すごく、すごくすごく嬉しかった。たったひとりの男の人の連絡先を知っただけなのに、なんで俺はこんなに舞い上がっているのだろう。少し距離が縮まったような気がしたからだろうか、それとも、またこうして家にくることができるかもしれないからだろうか。とにかく、果実がはじけ飛んだようなきゅんと甘酸っぱい気持ちに俺は満たされている。じわじわとそれが身体の内側から全身に広がっていって、気付けば俺はにやにやとにやけていた。湯気の上がり始めた味噌汁をお椀によそって、おにぎりと一緒にテーブルまで持っていく。
「……おいしい」
味噌汁は、優しい味がした。ほんのりと柔らかい熱が体中に広がっていくのと同時に、智駿さんの笑顔を思い出す。
「智駿さん……」
ぼそりと名前を口にすれば、またきゅんと胸が鳴く。ゆっくりとご飯を食べ終えて、上半身だけをベッドに投げ出して食休みをすれば、また智駿さんの匂いがふわりと鼻孔をついてくる。
「智駿さん、」
シーツじゃなくて、お味噌汁でもなくて……智駿さん本人の匂いと暖かさに包まれたい。智駿さんの残していった優しさの破片はちくちくと俺の胸を虐めて、なんだか胸が痛くて……それなのに――幸せだ。
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