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なんとなく憂鬱な気持ちで、ブランシュネージュを訪れる。べつに俺が勝手に憂鬱になっているだけだから、ここで戸惑う必要なんてないのに、入るのに少し時間がかかってしまった。でも、智駿さんと話せばこんなモヤモヤも晴れるかなって期待もあった。
「いらっしゃいませ……あ、梓乃くん」
扉をあけると、俺に気付いた智駿さんがぱあっと笑顔で迎えてくれる。その笑顔に心にかかったモヤが少し晴れたような気がした……けれど、少し疑問に思うことが。
「お、なに、智駿。知り合い?」
カウンターにふてぶてしく寄りかかっている男が、いた。歳はたぶん智駿さんと同じくらい、ちょっと草臥れた雰囲気のある人。智駿さんと親しげにしているから、もしかしたら智駿さんの友達かなにかだろうか。
「あー……梓乃くん、この人のこと気にしなくていいよ。ケーキを買いにきたの?」
「あ、はい」
「この人ね、町医者の白柳 。僕の高校時代の友達だから、気を使わなくてもいいよ」
「あ、智駿さんのお友達……!」
智駿さんの友達、と紹介された白柳さんという人は、智駿さんとは雰囲気が全く違う人だった。どことなく危ない空気や目つき、そして医者というよりも闇医者なんかをやっていそうな風貌。チャラついているわけではないけれど、医者らしい穏やかな雰囲気なんて醸し出していない。
「……智駿の知り合いにしては若い子だね。常連さん?」
「えーっと……常連といえば常連だけど……」
「友達?」
「友達っていうかー……」
俺との関係を白柳さんに探られて、智駿さんは口ごもる。あたりまえだ。男と付き合っていますなんてなかなかカミングアウトできることではない。でも智駿さんはなんて俺のことを白柳さんに紹介するのかと気になって、俺はちらりと智駿を伺いみた。ぱちりと目が合うと、智駿さんがはっとしたような顔をする。
「えっと、梓乃くんは、」
「あー、わかった、とうとう男に手をだしたな」
「いやその言い方……間違ってはいないけれど……」
「えー、当たっちゃったか~。予想外」
「あんまり驚いていないね」
「そりゃあな」
たぶん、智駿さんは俺のことを白柳さんに暴露しようとした、けれど、その前に白柳さんに当てられてしまった。智駿さんがあまり焦っていないところをみると、結構白柳さんは気心の知れた友人なんだということがわかる。俺は智駿さんに俺と恋人関係にあることを否定されなくてすごく嬉しかった、けれど。この白柳さんの言葉には、妙な違和感がある。
「あんまり口出したくはないけどさ~、なんだかなあ、こんないたいけな青年がな~」
「え、どういうことですか」
白柳さんが俺をじろじろと見つめながらため息をつく。一体なんなんだとモヤッとしたけれど、白柳さんの目に悪意があるようには見えない。
「智駿に本気にならないほうがいいよ~」
「……なんでですか」
「え~、だってこいつヤリチンだし」
「ちょっと……!」
ヤリチン……?
およそケーキ屋に似つかわしくない言葉に俺が唖然としていれば、智駿さんがぎょっとしたように白柳さんの肩をバシっと叩いた。これは、智駿さんがヤリチンってことで間違いない? いや、まて、おちつけ、智駿さんがヤリチンだからなんだ、過去に何人女の人を抱いていようが今は俺が……
「こいつまともに恋愛する気ないから、本気になると寂しい想いするよ。きっと、君も」
「ど、どういうこと……」
「すぐポイッてされるってこと」
「えっ、え……」
ポイッて。まともに恋愛する気ないって。どういうこと? 智駿さんは智駿さんで否定しないし。
「ちょっとまって、梓乃くんのこと、僕は好きだし、白柳の言い方には語弊が……」
「あの……また今度きます」
「えっ、梓乃くん⁉」
混乱して、パニックになってしまって。俺は思わず、店を飛び出してしまった。
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