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水曜日は、あっという間に訪れた。いつもは智駿さんに会うのが楽しみで楽しみで仕方なくて、なかなか約束の日がやってこなくて悶々としていたのに、今日はなんだか違う。
ちょっぴり、智駿さんに会うのが億劫だった。何を言われるのか、怖かったからだ。俺があんなふうに逃げ出しておいてそんなことを思うのは随分と自分勝手だと思うけれど、智駿さんと別れるのはとにかく嫌だ。
鬱々としながら、俺はブランシュネージュの閉店時間に店に向かう。ぴっちりとしまった閉店された店の扉が、なんだか俺と智駿さんの間にできた壁のように見えてしまって泣きそうになった。
「梓乃くん。おまたせ」
店の後ろのほうから、智駿さんが現れた。智駿さんは俺を見るなり苦笑して、手招きしてくる。
智駿さんのほうからは重々しい雰囲気なんて発していなかったから、別れ話をされるなんて不安は生まれなかったけれど、駐車場に辿り着くまでの間、俺は無言だった。大した距離ではないけれど、やけに息苦しく感じる……たぶん俺だけだけど。
ようやく車に乗って、智駿さんはエンジンをかけると同時に俺に向かって優しい声色で言った。
「ごめんね、梓乃くん。あのときすぐに引き止めたかったんだけど……あのお店、僕一人で経営しているものだから離れられなくて」
「い、いいえ……俺のほうこそ……その、すみませんでした……」
「あの白柳の言っていたことなんだけど、」
さらりと謝られて、俺は本当に自分の幼さを痛感した。どう考えても俺の方が悪いのに、智駿さんのほうから謝らせてしまった。一人でもだもだとして「ごめんなさい」も切り出せなかった自分が、情けない。
でも、智駿さんに嫌われてしまうという不安が抜けて、胸にのしかかっていた重石が取れたように、ホッとした。あとは白柳さんの話がどういうことなのか気になるところだけど……
「えーっとね、八割本当なんだ」
「へー、そうなんですか……って八割!?」
「あれは白柳が適当なこと言っただけだよ~」って言われるのを期待していた俺は、八割本当だなんて言われて衝撃のあまり叫んでしまった。八割って……どこからどこまでのこと?
「あ、あの……やっぱり……俺のことポイッて……」
「そこが本当じゃない二割のところだよ、梓乃くんのことポイッなんてするわけないでしょ」
「じゃ、じゃあ、ほかの……ヤリチンってところ本当なんですか……」
「……嘘じゃないかな、」
「ええー……!」
俺のことポイッてしない、ってわかってホッとしたのはいいけれど、智駿さんがヤリチンとかイメージが違うにもほどがある。パティシエがヤリチン……俺のパティシエ像が崩壊しそうだ。
俺があんまりにもびっくりしたような顔をしていたから、智駿さんが困ったように笑った。いや、べつに責めてるわけじゃないんです、と言いたいところだけどびっくりしすぎていることは否定できない。これから智駿さんが話してくれるであろう本当のことを聞いて、自分がどんな反応をするのかは、俺でもわからない。
「あー、うん、高校・専門時代ねー……僕ね、うん……引くと思うけど、一ヶ月おきに彼女変えてたんだ」
「えっ、それは引きます」
「だよねー……」
やばい、思わず「引く」ってはっきり言ってしまった。いや、でもそれは引くだろ……。俺は無意識に自分と智駿さんが付き合い始めて何日目かを計算していて、そして一ヶ月も近いと気づき、ひやっとする。俺が指を少し動かして日数を数えていたからだろうか、智駿さんが慌ててパシリと俺の指を掴んで首を横に振った。
「あ、僕が振ったんじゃなくて、相手からふられているんだよ」
「……えー⁉」
「あのね、だから、ほんと、梓乃くんと別れるつもりとかなくて……」
妙に智駿さんの言葉に力がないのは、今の自分に自信がないからだろうか。俺が散々「このヤリチンは俺にいつ別れを切り出すつもりだろう……」なんて反応をしているからだろうけれど。
「……なんで、そんなにふられているんですか……?」
智駿さんが「この女飽きた、ハイ次」とか言うタイプじゃなくて安心した、のはいいけれど、なんでそんなにふられているのか、気になる。智駿さんのコンプレックスかもしれないから聞いてはいけないかもしれないけれど……一応恋人なんだから聞く権利はある、と思う。自分で考えても全くその理由が思い当たらないし。顔もいい、性格も優しい、あとえ、エッチも上手、悪いところなんてなさそうだけれど。
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