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「あっ、すごい、久々に飲みました」  花火があげられる河原にたどり着く道中で、ラムネを買った。おなじみの、青緑色の瓶のラムネだ。すでにたくさんの人々で溢れかえる河原の隅のあたりに座ってラムネに口をつけると、懐かしい味が口いっぱいに広がる。 「お祭りとかないとラムネなんて飲まないもんね。僕はお祭り自体そんなにいかないし……ラムネ飲むのなんていつぶりだろう」 「智駿さんがラムネ飲むところ、想像つかないなあ」  すっかり暗くなった空の下でも、ラムネの瓶は何かの光を反射してきらきらと光っている。智駿さんがラムネを飲んでいるところをなんとなく横目で見つめていると、なんだかどきどきとした。細い瓶が傾けられて、中に入っているビー玉がからんと音をたてる。そして智駿さんの口の中にラムネが注がれていくと智駿さんの喉がこくりこくりとなって、また唇から瓶の口が離れればビー玉が音をたてて元に戻る。  ラムネの、安っぽい味が妙に情緒的に感じた。今、夏祭りに智駿さんと一緒にきているからこそ感じられる味だから、なのかもしれない。甘くて爽やかで、口の中でしゅわしゅわとはじけて消えてゆく。家族と一緒に祭りにきてラムネを飲んでいた時の記憶が蘇ってくるのもまた、原因かもしれない。昔っからラムネは味も瓶の形もビー玉も変わっていないけれど、俺はずいぶんと変わったんだなって、そう思った。 「智駿さんは、花火好きですか」 「んー……今まで、好きって思ったことはないかな」 「……今まで、」 「特に理由はないけれど、今までは花火にワクワクしたりはしなかった。でも、今はなんだかすごく花火を楽しみにしているんだよね。……たぶん、梓乃くんが隣にいるからかな」  からん、ラムネのビー玉が鳴る。みなもに反射する光が、ビー玉を透けてきらきらと輝いている。ただの硝子玉が、まるで宝石のようだ。 「俺も……智駿さんと一緒だから、花火みたいなって。そう思います」  地面でたぐまる浴衣の裾の中で、手を繋いだ。周りから、俺達が手をつないでいることは見えないと思う。瓶の中からラムネがなくなって、もう少し飲みたいと思っているうちに口の中に残ったラムネの香りも消えていって。物悲しい気持ちになってしまうけれど、手から伝わってくる智駿さんの熱で、胸は満たされていく。  生温い風を浴びて、ゆっくりと幸せを感じて。自分の心臓の鼓動を聞いて。このまま時が止まってしまえばいいのにと思うような、そんな静かな時間。 ――それを砕いたのは、一筋、夜空に登ってゆく光。 「あ――」  尾を引いて登っていくそれは、高く高くに登りつめるとドン、と重い音を立てて輝き散っていった。 ――花火だ。花火大会が始まったのだった。  一斉に歓声があがって、辺りが騒々しくなる。煌びやかな声がぽんぽんと湧いてきて、みんなの胸の高鳴りが顕著にわかった。  ……でも、俺たちは。特に声もあげずに、黙って花火のあがる空を見上げていた。ひゅー、どんどん、ぱらぱら、たくさんあがる夜空に咲く花。遠く遠くで、ひたすらに繰り返される打ち上げは、まるでフィルムを見ているようだった。繋がれた手から感じる熱だけが、本物のような気がした。 「……」  ちらりと横を見ると、色とりどりの光に縁取られる智駿さんの横顔。瞳は宝箱をひっくり返したようにきらきらと光を反射していて、びっくりするくらいに綺麗。  花火なんて非現実のなかにある、たしかな現実。光を浴びる智駿さんは、それを思わせた。 「あんまり綺麗なものをみていると、夢みたいって思ったりするよね」 「……!」  花火を眺めながら、智駿さんがぼそりと呟く。  俺の感じていたことと似ている、そう思って俺は嬉しくなった。「はい」ってつぶやくと、智駿さんがくすくすと笑っている声が聞こえてくる。 「同じ夢をみているのが、梓乃くんでよかった」  男女だったら、ここでキスをしていると思う。でも周りに人がいるなかで男同士でそうしたことをするのはどうしてもはばかられた。だから、繋いだ手の指を絡めて、想いを繋ぐ。 「智駿さん」 「ん?」 「……綺麗ですね。花火大会、楽しい」 「――僕もそう思うよ」  こっそりと手を繋いで空に咲き誇る花を眺めて。夏の夜、こうして一緒に過ごせることをすごく、幸せに思った。

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