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 花火が終わると、ばらばらと人が帰ってゆく。そんな人の波に流れるようにして帰るのも気が乗らなかった俺達は、人がまばらになりだしたあたりでようやく腰をあげた。  今日は、気持ちのいい夏の夜だと思う。蒸し暑いのは相変わらずだけれど、適度な風邪が吹いていて心地よい。虫の鳴き声とか河原のせせらぎとかがゆるやかに耳をくすぐると、心が落ち着いてくる。 「現実に戻ってきたって感じだね」 「遊園地とか行ったあと、こんな気分になりますよね」  自然の音に溶けこむような、ぽそぽそとした会話。何も考えないで言葉を発していると思う。人混みのなかにいて突然ふたりきりになると、どきどきとしてしまうもので。繋いだ手から伝わってくる微熱が、まるで灼熱のように感じるほど。 「梓乃くんってさ」 「はい?」 「後ろ姿が綺麗だよね」 「……はい?」  智駿さんがぼうっと遠くを見つめながら、言葉を発する。突然何を言い出すんだと俺が顔をあげれば、智駿さんの睫毛が色っぽく揺れていた。 「……あのね、智駿さん」 「ん、」 「……」  生温い風が、俺のうなじを撫ぜる。俺はゆっくりと、腕を伸ばして彼方にある茂みを指さした。 「あそこ、いきませんか」  ずっと、たくさんの人の中にいた。心の中に充満する熱をおさえて、おさえて、苦しいくらいだった。  葉風の立つ音を合図にするように、智駿さんが軽く俺の手を引く。ところどころに捨てられている焼きそばのパックや団扇たちの、夏祭りの残骸を横目に俺達は人気のない木陰に向かっていった。

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