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宿のチェックインは夕方から、ということで宿から少し離れた観光地をぶらぶらとすることにした。場所は松尾芭蕉で有名な、松島。松島は秋になると紅葉のライトアップがされたり月を綺麗にみることができるということで、秋になるとものすごく混むけれど、その繁忙期の直前になるこの時期は思ったよりは混んでいなかった。平日ということもあるかもしれない。さすがに観光地ということもあってそれなりに人はいるけれど。 「あ、すごい、磯の香り」 「この匂い嗅ぐと旅行してるって感じがするね」  車を降りた瞬間に、別世界が広がった。空気が俺の住んでいる土地と全然違って、冷たいようで生ぬるい風が頬を撫ぜる。 「あっちの方、行ってみる?」 「はい」  まずはどこに行こう、広くて迷ったけれど、とりあえず手に取ったパンフレットのルート通りに回ろうということになった。  駐車場は、陽の光と潮風のあたるところ。でも、そこを離れて少し進んでいくと緑が多くなってきて涼しくなってくる。なんだか昔、神社を散策したことを思い出して懐かしい気分になった。 「手、繋ぐ?」 「へっ!?」 「ここらへん人もあんまりいないし」 「……! は、はい!」  智駿さんはきょろ、と軽く辺りを見渡すと、微笑んで俺に手を差し伸べてきた。俺は嬉しくて嬉しくて、勝手に頬が緩んできて自分でも馬鹿じゃないのってくらいに笑ってしまう。外で、こうして手を繋げることなんてあんまりないし。いっぱいエッチとかをしてきているのに、こうした付き合いたてのカップルがするようなことにものすごく幸せを感じた。 「はあ、ちょっと梓乃くん」 「な、なんですか……!?」 「外でそんなに可愛い顔をしないでよ、困る」 「えっ、し、してないですよ、そんな顔」 「んー……」  智駿さんがちらりと俺を見て、困ったように頭をかく。ちょっと顔が赤くなっていたから、俺もつられて顔を赤くしてしまった。にやけを抑えるために唇をぎゅっと閉じて、それで顔を真っ赤にして。変な顔をしてしまっているなあって思うけれど、このにやにやはどうしても抑えられない。二人して顔を赤くして照れて、俺たちは無言でしばらく歩いて行った。 「たまには外でデートするのもいいね。外だとあんまりくっつけないからほとんど家で会っていたけれど」 「はい……すっごく、満たされている気がします」 「……僕も」  人気のない道から出ると、するりと智駿さんが手を離してくる。男同士ってこういうところが不便だけど、こうして二人だけの秘密を共有している感じも悪くない。堂々といちゃいちゃしている男女のカップルに嫉妬したことがないといえば嘘になるけれど、このドキドキは男女では味わえないから俺は今が幸せだと思う。 「あの橋、よくテレビとかパンフレットにでてる奴だね」 「あれがメインみたいな感じでしょうかね」  細い道を抜けて、そうすれば大きな橋にたどり着く。島と島を繋ぐ、赤い橋。ちらほらといる観光客が橋の欄干に寄りかかって海を眺めている穏やかな風景が、俺たちの目に飛び込んできた。 「すごい……綺麗ですね」  俺たちも、他の観光客たちと同じように欄干に寄りかかって海を眺めてみる。静かな波の音が聞こえて、潮風が髪を揺らしてきた。  こうして海を眺めていると、不思議な気分になっくる。今、自分たちがこうして一緒にいるのは運命なんだな、とかそんな広大なことを考えてみたり。こんなに世界がでかいのに、二人が出逢えるのってすごいことだし。何億分の一の確率で出逢えたとかラブソングで使われるたびに「そのフレーズもう飽きた」とか思っていたけれど、実際すごいことなんだと思う。 「ね、梓乃くん」 「はい……あっ」  智駿さんは海をみながら何を考えていただろう。  智駿さんはちらりと周囲を見渡したかと思えば、俺にキスをしてきた。周りの目を盗んでするキスは特別な感じがして、ドキドキする。  触れるだけのキスだったけれど、胸は満たされた。そろそろ行こっか、って智駿さんが言ったから、俺たちは宿に向かうことにした。

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