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「梓乃の今の付き合ってる人って、タメ?」
「歳上」
「だと思ったー!」
「なんで?」
とりあえず俺たちが入ったのは、カフェだった。すれ違う人ほぼ全てが楓のことを二度見してくるから、俺はなんとなく肩身がせまい思いをする。こんな平凡な男が横にいてすみませんね、なんて。
「だってなんかー、梓乃、雰囲気が色っぽくなったから」
「ふっ、」
「からかってないよ!? 歳上の人に手ほどきされてるんだな~なんて思っちゃったの!」
「て、手ほどきって」
頬杖をついて、にこにこと笑いながら話しかけてくる楓。楓の言っていることは間違ってはいない。楓はまさか俺が男と付き合っていて、しかも挿れられる側なんて知っているわけもないのに、妙に的を射たことを言ってくる。女の勘って奴だろうか。
俺がどうこの話を躱そうか迷っていれば、楓はにやーっと笑って俺の手を突いてきた。なんだよ、って見つめ返せば、楓は悪戯っぽく、さながら猫のように微笑む。
「梓乃も男だったんだね~。性欲ないと思ってた」
んぐっ、と俺は飲んでいたコーヒーでむせそうになった。楓にそれを言われると、痛い。何せ、俺は楓との体の相性が悪く、あまりセックスをしていなかったからだ。正確には、俺が満足できていなかった。それは他に付き合ったことのある女の子ともそうで、今まで俺はどうしても彼女がしたそうにしているときしかセックスはしなかった(それがきっかけで別れたこともあるレベル)。
今になってわかったことだけど、俺はドエムらしい、ので。基本的にエスを求められる女の子とのセックスに満足できないらしい。どんなに彼女のことが好きでも、セックスがめんどくさかった。
「ねえねえ、じゃあ梓乃さ、エッチ好き?」
「……なんてことを聞くんですか」
「あのさ、私と、しない?」
「あ!?」
なに言ってんだこいつ、と俺は楓を凝視する。楓はごく当たり前のような顔をして俺のことをみているから、聞き間違えかと思ってしまったほど。
「今何か変なこと言った?」
「だからー、私とホテルいこ?」
「俺付き合ってる人いるからね?」
「その人のことはやめて、私にしない?」
「ごめんなに言ってるかわからない」
「えー?」
なんだ東京人ってみんなこうなのか!?なんて偏見を抱きたくなるくらい、俺には理解できない発言だった。
「梓乃、またかっこよくなったなあって。また私、梓乃に一目惚れしちゃった」
「……」
からかっているな、よし、からかっている。
動揺のあまり、俺は楓の言葉を信じようとしなかった。だって、東京の大学にいってモデルをやっているような美人が、どうしてこんな田舎でもそもそしている俺を好きになる。付き合っている時に相性が悪いって散々わかったはずなのに、また好きになるとか、意味がわからなかった。
「……いや~、楓にはもっとイケメンの人が似合うよ」
「イケメンはイケメンでも好みのタイプってあるでしょ。私は梓乃が好きなの」
「そう言いましても……」
「失恋したときに一番ショックだったの、梓乃だったんだから。っていうか梓乃を超える人が現れないの」
「ごめん、俺、ほんと今付き合ってる人がいて、その人のこと以外考えられないっていうか」
「むー……」
楓は納得できない、といった風に唇を尖らせる。……まあ、楓くらいの容姿なら、今まで告白なんて百発百中だろうし、振られるなんてありえないのかもしれない。ただ、俺は智駿さん一筋なわけで、いくらモデルの可愛い子に告白されようが靡くつもりは一切なかった。
俺は、楓のノリもノリだったからあまり相手にしないようにあっけらかんとした態度をとっていた。びっくりはしたし、少し水分がとりたいな、と思ってカップに口をつけようとしたときだ。楓が、かた、と立ち上がる。
「……楓?」
じーっと俺を見下ろす彼女に、もしかして本気の告白だったかとドキリとした。この態度はまずかったかと寸分前の自分の言葉に後悔したけれど……楓は、そんなしおらしい顔を見せるわけでもなく。かつかつとヒールをならして俺のすぐそばまでやってくると、ぐいっと俺の両頬を手で包み込み……
「……っ!?」
俺が呆気にとられている間に、唇を重ねてきた。
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