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「ちょっ……」
ここをどこだと思ってるんだ、と俺はすぐに頭をひいてキスから逃げる。微妙に視線を集めてしまっていて、恥ずかしい。気にするところはそこじゃないけれど、俺は楓にキスをされても「まじかー……」と思うくらいでときめいたりはしなかった。
「ねー、梓乃。私じゃ、だめ?」
「だめだって……」
「えー! とりあえずシてみようよー! そうすれば私のこと好きになるって!」
「なりません!」
楓の中で告白が失敗することなんて、ありえないことなんだ。だから押せばいつかは堕ちるって思っているのかもしれない。だけど残念ながら俺は楓には堕とされない。智駿さんのことが好きだし、それに……俺は智駿さんに女の子を抱けない体にされてしまっているから。まさかそれを言うわけにはいかないけれど……これ以上ぐいぐいとこられても困るから、少しだけぶっちゃけようという気持ちにもなる。
「実は、俺――」
もう、言ってやろう。そうすればあきらめがつくだろう。俺は、男と付き合ってますって――そう決意したその瞬間、あるものが視界に入る。
――智駿さんだ。以前、二人で何やら仕事の話をしていたっぽい女性と二人で、カフェに入ってきた。そういえばこのカフェ、二人が話していたカフェだな、と気づく。
「……梓乃?」
「い、いや、えっと」
「――あれ、梓乃くん?」
俺が固まっていたからか、楓が不思議そうに俺の名を呼んできて。そして、それと同時に智駿さんが俺の存在に気づいて。「やばい」と瞬間的に思ってしまったのは、キスをされてしまったという後ろめたさがあるからだろうか。
「え、えーと、こんにちは智駿さん」
何を動揺する必要がある、と必死に冷静を保とうとする。前にも大学の女友達と二人でいるところを智駿にみられたりしているんだし、智駿さんはそれで勘ぐるような人でもないし、ここで焦る必要はない。俺は楓に気があるわけでもないし、キスだって一方的にされたわけで……。
頭のなかで言い訳を連ねるけれど、内心バクバクが止まらない。元カノだ。自分の恋人が昔の恋人と二人でカフェにいるところなんてみたら、嫌な気分になるに決まっている。でも、まだ智駿さんは楓が俺の元カノってことは知らないし……
「こんにちは。隣の方は、お友達?」
「はじめまして、楓っていいます! 梓乃の元カノです!」
「えっ、元カノ?」
――ばかやろう!
何智駿さんに自分が元カノってバラしてんだよ~!と俺は頭を抱えたくなった。
俺が智駿さんと付き合っていると宣言する作戦は、智駿さんの隣にいる女性の存在により断念。どうしたら楓を止められるんだ……俺がうんうんと悩んでいれば、智駿さんは穏やかにほほえんだ。
「へえ、元カノさんなんだね」
「今は何も、ないんで、!」
「えー? さっきちゅーしたのに?」
「待っ……ち、違う!」
ちくしょう余計なことをべらべらと! 今の俺は、たぶんここ最近で一番荒んでいるかもしれない。そもそも楓に引きずられてカフェに入った俺が悪いというのは承知しているけれど、初対面の男性にここまで自分たちの関係を話してしまう楓の口の軽さに驚愕していた。さらにその話を聞いた智駿さんがやけににこやかに笑ったものだから、恐怖でしかない。
「へえ……ちゅーしたんだ」
「ちっ、ちがっ、されたんです、」
「そっかぁ」
そんなに爽やかな笑顔を浮かべないで智駿さん、怖い! 俺は半泣きになりながらも言い訳もできず、黙り込むしかない。隙があった俺が悪いんだ、キスをされた事実も変わらないし弁解のしようがないのだ。
たぶん、楓と智駿さんの隣にいる女性は俺たちの間でどんなことになっているか、気付いていない。楓に至っては俺と腕を組み始める始末で、まさか俺の智駿さんが恋人同士だなんてわかっていないだろう。
「梓乃とお兄さんは、どんな関係なんですか?」
「僕と梓乃くん?」
絶対に智駿さん、怒っているだろうなあ……って、意気消沈している俺の横で、楓が無邪気に智駿さんに話しかけている。智駿さん、なんて答えるんだろう。ビジネスの関係にある女性の前で男を恋人とは言えないだろうし……
「さて、どうだろうね」
「えー、教えてくださいよ~! 先輩後輩とかですか?」
「あはは、そんなに僕は若くないよ。そうだなあ、梓乃くんに聞いて。僕の口からは、あえて言わない」
「意地悪ですねー! わかりました、じゃあ梓乃に聞きます!」
智駿さんは俺をみてにっこりと笑う。明らかに俺に気のある楓と、白黒きっちりつけてこいと言いたいのだろう。智駿さんは楓との会話を終えるなり女性と二人でカフェの奥の席に向かっていってしまった。
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