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「……はあ」 「ねえねえ梓乃、あの人誰?」 「……」  まったく呑気にこいつは……俺がじとっと睨んでも、楓はけらけらと笑っている。八割くらいこの子のせいでまためんどうなことになったというのに、楓はもちろんそんなことわかっていなくて。  俺たちも再び席について、向かい合う。これはもう、はっきり言うしかない。俺はぐいっと飲み物を飲み干して、そしてじっと楓を見つめる。 「……あの人、俺と付き合ってる人なんで」  告白した。はっきりと、言ってやった。これで楓は諦めもつくだろう……そう確信する。  しかし楓は、理解をしていないようで首を傾げたりしている。無理もない、いきなり元彼が男と付き合っているなんて聞かされても、信じられないだろう。 「……付き合ってる、って……女の人のほうじゃなくて、あのお兄さんのほう、?」 「そうだよ」 「……か、……かれぴっぴ?」 「そうだねかれぴっぴだよ」 「梓乃って……男の人が好きだったの?」 「……いや、男の人と付き合うのはあの人が初めてだから男が好きなのかといえば違うと思うけど」 「えー……」  楓は目を白黒とさせながら、なんとか理解しようとしていた。ひいている、という感じではない。本当に混乱しているだけのようだ。 「好きなの?」 「好きだよ……」 「同性を好きになるってどんな感じ? 女の子を好きになるのとは違うでしょ?」 「違くないよ」 「え、だって梓乃が女の子を好きになるっていったら「可愛い」とか思うんでしょ? あのお兄さんのことも同じく「可愛い」って思うの?」 「そういわれると……いや、可愛いところもあるけれど女の子に対する可愛いとは違う、なあ、たしかに」 「でも、好きなんでしょ? どういうこと?」 「こう……可愛いとかかっこいいとかじゃなくて、……一緒にいてじんわりしてくるっていうか、幸せっていうか……ドキドキもするし、」 「へぇー……」  楓と話しているうちに、俺も混乱してくる。あれ、なんで俺智駿さんが好きなんだろうって。生物的に考えれば俺は女の子を好きになるはずなのに、智駿さんにこんなにも心が惹かれていて。恋とか愛なんて、きっと人間が繁殖するための機能のはずなのに、どうして男が男を好きになるんだろうって思い始めていた。 「エッチはするの?」 「えっ……す、する」 「えー、ますますわからなくなってきちゃった。すごいね、男女とかそういうの、超えちゃうんだ~」 「……超える?」  ほおほおと勝手に感心している楓が何を考えているのかわからない。でも、楓はなにやら納得はしているようだった。 「本能みたいなものを超えてる感じ。すごいね、本当の愛って感じ」 「……本当の愛ねえ」 「だって子供をつくるために人って恋をするんでしょ。梓乃は違うんじゃん。それってすごいなあ」  きらきらと目を輝かせる楓は、なにやら俺の恋愛にロマンのようなものを感じているようだ。俺はそんなことを気にしたことがなかったから、言われてなるほどなあくらいにしかおもわなかったけれど、こういった類の話でこうも楽しそうにしているのは、さすが、女の子といったところだろうか。 「まあ、よくわからないけど俺はほんと、あの人のことが好きだから、楓とは……」 「え?」 「え?」  楓は俺と智駿さんの恋愛を「すごい」と言う。だから、まさかその関係を邪魔なんてしないだろう……この話の流れで俺はそう思っていた。思っていたから、この楓の反応は予想外だった。 「ん? 俺と智駿さんは本当に、えーと、その……あ、愛し合って、いますので、楓は、」 「それとこれとは別だよ?」 「なんで!?」 「だって私も本当に梓乃のことが好きだもん!」 「えっ、いやっ」 「まさか男の人がライバルになるとは思わなかったなあ。むしろそう簡単に奪えなそうで燃えちゃう~」 「燃えなくていいから!」  思わず、がたっ、と立ち上がってしまう。俺は微妙に店内の人の視線を感じて恥ずかしくなったけれど、楓は全く気にしていない。悠々と席についたまま、組んだ手の甲に顎を乗せて微笑む。 「私、諦めないよ。梓乃」 「……ッ」  ……女って、怖い。いや、楓は女の中でも特に「強い」子だと思う。  やばい子に狙われてしまった……と俺は冷や汗を流すことになった。

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