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「――こんにちは、花丘さん」  奴と話していると、昔の自分のことを思い出して苦い想いをしてしまう。白柳の暇つぶしなのかなんなのかよくわからない愚痴に付き合って、お昼すぎ。お客さんが来ては隅っこにいって、帰ってはまた僕のところでぐだぐだと話している白柳はわりと本気で営業妨害だ。そんな白柳もようやく帰ってくれる気になったようで、僕に踵を返したとき。ひとりの来客がやってきた。 「あ、」 「このあいだの、打ち合わせの件で……」  にっこりと微笑む彼女。白柳はそんな彼女をみてぽかんとしている。スーツを着ている彼女をみて、明らかに客ではないと悟ったのだろう。 「あ、ごめんなさい、今忙しかった?」 「いいえ、こいつは見なかったことにしてください」 「扱いひどくない!?」  彼女とはちゃんとした仕事の関係だ。白柳よりも優先順位は高い。いや比べるのもおかしいけれど。そもそも白柳の優先順位はランク外だ。  彼女はむすっとしている白柳に一礼して、僕のところにやってくる。そして、クリアファイルを渡してきた。 「これが今回の式の細かい日程です。よろしくお願いします」 「ありがとうございます、目を通しておきますね」 ――彼女は、ウエディングプランナーの、凛。小規模な結婚式であるプライベートウエディングを主に展開している結婚式場で働いていて、僕は時々そこで提供するケーキをつくっている。そんなわけで仕事の関係をもっているわけだけど……彼女は、僕の元カノだったりもする。 「そうだ、花丘さん、今日の夜時間ありますか? よければご飯でも」 「ああ、いいですよ」  恋人を亡くして、今まで独身で働いている彼女。ウエディングプランナーになった理由は、「自分が幸せになれなかった分、他の人を幸せにしたいから」だそうだけど……元恋人として、僕は彼女のことが心配だったりもする。彼女にとってウエディングプランナーという仕事自体は天職かもしれないけれど、仕事をしている理由がどうにも危うい。だってまだ若いのに、自分の幸せを捨てているのだから。もしもあの時僕が彼女から逃げなければ、彼女はまた違う道を歩んでいたんじゃないかという罪悪感のために、僕は彼女を放って置けない。それはもう、自分勝手な想いだとは思うけれど。 「とてもね、いい報告があるの」  でも、今日の彼女の表情はいつもに増して穏やかだ。にっこりと笑って僕に話しかけてくる姿は、悲しい志を背負っている女の人には見えなかった。まるで、普通の乙女のような顔。  ちょっとした話をして、今のところは彼女は帰っていった。凛はとても綺麗な見た目をしているから、白柳が僕たちの関係に色々と探りをいれてきたけれど、それは全部無視した。

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