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 バカに、されているのだろうか。  不意に苛立ちを覚えたが、なぜかその言葉に光を見たような気がした。 「おまえは、自分を赦していないんだろ。自分が幸せになる未来が見えないんだろ。大切な人と、手を取り合う未来を想像できない。けれどさ、おまえは……幸せになりたいって、祈っている」 「……」  人間がたくさんいる世界の中で、疎外感を抱きながら生きてきた。  同じ形をしているのに、他人は自分と違う生き物のように思えた。家族がいて、恋人がいて、友人がいて、……当たり前のように大切な人と笑い合う。俺も、そんな風になってみたいとは思ってはいたが、想像できなかった。自分が愛されること、愛すること、それを想像できないでいたのだ。  白柳さんの手を取ろうとしたときに、急に自分が気持ち悪く思えた。自分が彼と愛し合うという事実を想像して、罪悪感を抱いたのだ。自分を、赦していなかった。  幸せになってもいいよーーそう、自分に言ってあげられなかった。   「その男のことが好きなおまえは綺麗なんだからさ、……大丈夫だよ。もう、おまえは大丈夫だ」 「ーーそんなの、」  ぐるぐると頭の中が回る。  みんなが当たり前のように知っている愛を、俺は知らない。家族からの愛も、恋人からの愛も、友人からの愛も、俺は知らない。愛ってなんだろう、そんなところから始まるには、少し遅すぎるんじゃないかと思ってしまう。もう、俺と同じ年頃の人たちは、当たり前のように愛を知って、結婚して、子供だっている。  今更、ふつうに生きることなんてできるものか。 「そんなの、嘘でしょ……だって、俺……こんなに気持ち悪い人間なのに……」  体は大人なのに、心は子供のまま。どんなに体は成熟していても、愛を知らない俺は子供のまま。こんないびつな人間が、俺は気持ち悪くてしょうがない。  惨めになって、涙が出てくる。もう死んでしまいたいとすら、思えてくる。 「……おまえはさ、もう少し自分に甘く生きてもいいと思うぜ。おまえは気ままに生きているようで、誰よりも、自分に厳しすぎるんだ。もういいだろ、頑張って生きてきたんだからさ。幸せになりたいって些細な願いごとをするくらい、赦してやれよ。な?」  ぐっと肩を抱き寄せられた。たまらず、俺は窪塚さんの肩に顔を伏せる。涙が彼の肩に染みこんで、申し訳なく思ったが、涙はとまらない。  生きてきたけどさ。死にたいって思いながら、ここまで生きてきたけれどさ。今更、いいのかな。幸せになりたいって思ってみても、いいのかな。知らないけれど。  風の音が聞こえる。どこからともなく吹いてくる風は、俺が生きる世界の狭さを教えてくれる。顔を上げれば見えた空が、遠い。  ああ、俺は、初めてーー翼を広げたのだ。

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