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第1話 三人の出航

蒼い波、南西の風に乗って、僕らの夏が来る 一 ー三人の出航ー ウェイブ号は30フィートのヨット。 乗員は10名だけど今日は三人で貸切だ。 ヘルムズマンの秀樹さんと、オーナーの息子でクルーの僕。 そして、もう一人は僕の恋人?まだそこまで全然行ってないけど、葉ちゃんとはたまに出かけたり飲みに行ったりしている。 知り合った去年の夏だからほとんど一年間進展ないのだけど、まぁ男同士だから…… と自分で自分を慰めている。 あと一人、秀樹さんの知り合いが来るはずだけど、今日の出航に間に合わなかったら明日着く大島でヨットに乗るらしい。 とにかく、雲ひとつない青い空。 これは風凪いじゃってるな〜と秀樹さんと話していると、 桟橋に降りてきた葉ちゃんを見てびっくりした。 「 何?その大荷物 」 「 あ、重いよ…ほら 」 肩にかけた重そうな布袋の中には西瓜が二つ。 「 西瓜?二つも。どうしたの?」 「 俺のうち八百屋の二階だから、出かけに八百屋のおじさんにつかまって、それで、、、貰った 」 「 わぉ、西瓜じゃない、俺好きだよ。クーラーボックスにひとつ入れとこうよ 」 そう言いながら僕より早く葉ちゃんから荷物を預かった秀樹さんはヨットのキャビンに入っていく。 「 葉ちゃん、久しぶりだね 」 「 うん、俺ヨット去年の乗ったきりだ。 ハルトは?」 「 俺は親父が乗るときに乗ったりするから、もう何回かはね 」 葉ちゃんがライフラインをまたいでデッキに乗ると、キャビンから出てきた秀樹さんがすかさずビールの缶を差し出した。 「 チース!」 と言いながら嬉しそうに缶を受け取る葉ちゃん、やたらと角ばっていて少し色の入った以前と変わらない眼鏡、そして背が高くて少し猫背ぎみなのも去年と同じ。立ったまま缶を傾けて慄わす喉。意外とがっしりしてるんだよね。やば、見惚れてたら秀樹さんにバレる。 「 もしかして、そのTシャツ、去年も来てたやつ?」 と聞くと、 「 え?そう?」 本当にこういうとこ無頓着だ。 でも、 実はメガネで隠れていたその眼差しはアーモンド型、その瞳は入り込む光によってなんとも言えない綺麗な碧色になる。僕だけが知っていればいいんだよね、その瞳の色。 秀樹さんが出航しようかと声をかけるとすかさず葉ちゃんも立ち上がって、 「 このフェンダー外すんですよね 」 と手伝い始める。 「 お、気がきくな、じゃあお願い 」 二人だけで会話が進む。 なんかさっきから秀樹さんに先を取られて面白くない僕は、船尾(スターン)で舵をとる秀樹さんに背を向けて舳先(バウ)に向かった。 一応目視で進路を確保するためなんだけど、なんかモヤモヤするのが理由が自分でもわからない。 フェンダーをキャビンにしまった葉ちゃんが僕の方じゃなくヘルムを握る秀樹さんの方に戻るので、ますます僕は面白くなかった。 凪いでいたと思った風は湾から出るころには、ヨットの速度が7ノットくらいは出る順風になっていた。 初夏の心地よい風と溌剌とした日差し。週末三日間のクルージングへの期待が高まるのは三人とも共通。 大島に行くのにはずっと向かい風になるから、まず伊豆寄りにいって大島に向かうのが慣れたルート。 何度行ったかわからないほど通った大島への舵取りは余計にそうだ。 調子よく帆も風を掴み、艇速も安定する。 「 この分だと夕方前には波浮につけるな 」 「 そうだね、よかった 」 少し機嫌も治ってきた頃合いを見計らってから、秀樹さんが俺に舵をちょっと持っててと渡すと軽やかにキャビンに降りていった。 葉ちゃんと二人になると、色々話しかけたいのに葉ちゃんは遠くの海原と雲の間を眩しいのか少し目を顰めて見ていた。 「 こういうのを形にできないかな〜」 のんびりと葉ちゃんが話し出す。 プラスチックのトールカップを3個手にして秀樹さんがステップを上がってくると、 「 あ、何?サングリア?」 「 わかった?白ワインにさ、グレープフルーツとドライのパイン入れたんだよ、こっちは普通に赤ワインにネープルと少しのコアントロー足して。どっちがいい?」 「 じゃあ、俺はオーソドックスな方をまず。 うわ、きんきんに冷えてる!」 こんなによく喋り嬉しそうな葉ちゃんは初めて見る。なんかモヤモヤが倍加して戻ってきた。全てが気持ち良いのに、口元の硬くなる俺。 「 ハルトは?」 秀樹さんが俺に聞く言葉にも素直に答えられない。 「 ハルト用にミントの葉もたしたから 」 と俺には白ワインが入っている透明なトールグラスを差し出した。 葉ちゃんのグラスはオレンジで、秀樹さんのそれはブルー。 プラスチックのチープなグラスとはいえなんか俺だけのけものになった気がする。 せっかくの旅の始まり、サングリアを一口含むと苛立っていた気がすっと治ってくる。 「 美味いだろ?隠し味にライチのリキュール落としたからな 」 秀樹さんって昔から俺の機嫌取るのはうまいんだよな。 その後も秀樹さんとハイになった葉ちゃんのとで話が盛り上がる。 秀樹さんのことだから二つあるクーラーボックスの中の一つはほとんどフルーツとお酒のはずだ。フルーツ好きの共通点、二人の会話が途絶えない中で俺はただ少し眠くなってきた身体をデッキの上で海風に預けた。

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