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宮本が失踪なんてどういうことだよ!?11
宮本兄弟のやり取りを羨ましく思っていたら、目の前にある顔が憂鬱げに歪んだ。
「兄貴、心配してくれたのはありがたいけど、タイミング悪すぎ。江藤さんとの感動の再会の邪魔をしないで!」
上司兼恋人の俺様は、信じられない文句を言ったバカな宮本に、迷うことなく拳骨を食らわせた。
中身が空っぽの音が、木々の間に響き渡る。
「おまえってヤツは、本当に大バカ者だな! 雅輝がどれだけ心配したと思ってるんだ。橋本さんにまで迷惑をかけたんだぞ!!」
宮本が知らない事実を口にしたら、しまったという雰囲気を漂わせる。
「え? 橋本さんまでここに来てるの?」
スマホは繋がった状態だから、この会話は雅輝にしっかり聞かれているだろう。
「そうだ。雅輝はやりかけの仕事を放り出し、心配のあまりに橋本さんに相談したら、俺様のマンションまで黒塗りのハイヤーで迎えに来てくれたってわけ。たくさんの人に迷惑をかけてることを、心の底から思い知りやがれ!」
俺様が拳骨を食らわせた衝撃で、スマホを持つ宮本の手が膝の上にあったので、両手で包みながら宮本の耳に当てがってやった。
「まずは雅輝に謝れよな」
「わかった。兄貴、あのさ――」
俺様が促したことによって、宮本兄弟の喧嘩が避けられたのは、本当によかったと思う。手短になにかを話してから、宮本はスマホをオフにした。
「江藤さん、いろいろご迷惑をおかけしました」
「とりあえずここから、雅輝のところまで無事に帰るのが目標だ。ついて来い!」
宮本が持っている自分のスマホを引ったくり、ポケットにねじ込んでから、先に歩き出した。
「江藤さん……」
背中にかけられた声で振り返ると、名残惜しそうに遠くにある滝を見つめる宮本の姿があった。
「どうした?」
「江藤さんと一緒に見たい景色があって……」
「あの滝のことか?」
「そうなんだけど。今じゃダメなんだ」
がっくりと肩を落とし、しょんぼりした宮本の傍に駆け寄り、手荒に頭を撫でながら訊ねてみる。
「今じゃダメって、いつならその景色を見ることができるんだ?」
「あのね朝日の当たる時間帯だから、早朝って感じ。滝の水が真っ赤に染まって、すごく綺麗だった」
「わかった。ここまでの道のりは覚えてるから、寝坊助のおまえが早起きしたら、連れて来てやるよ」
当たり前のことを告げたというのに、宮本はギョッとした表情をありありと浮かべた。
「江藤さん、間違わずにここに来ることができるの?」
「誰かさんみたく迷わないように道標を付けながら、辺りをちゃんと確認して来てるしな。念のため帰りは道標を外しながら、再確認しようと思う」
「よかった! 江藤さんが俺の恋人で。俺ひとりじゃ、また迷子になるところだった」
頭を撫でる手を払い除けて俺様に抱きつく宮本の両腕を素早くすり抜け、来た道を下りはじめた。
「江藤さ~ん」
「俺様を都合のいい道具として使うんじゃねぇよ。少しは自分で覚えようとしやがれ!」
なぁんてことを言ったが、宮本が一緒に見たいと言った景色をいつか拝むために、念には念をいれて道を覚える。
「江藤さん、捕まえた」
嬉しげに告げた宮本の唇が俺様のこめかみにキスしたことも、ついでに覚えておくことになったのは、必然だったのかもしれない。
「宮本、あんまりくっつかないでくれ。俺様の柔肌にダニが噛みついたら、跡が残るかもしれないだろ」
「ダニ!? それってどういうことだよ!?」
「おまえは一晩、山の中にいたんだ。そこら辺に生息してるダニをくっ付けてる可能性がある。汚い上にヤバいヤツ決定だろ」
キッパリと言い放って、軽やかに道をくだった。
「そんなぁ。再会したときは、あんなに熱烈な抱擁をしたじゃないか」
背後で叫ぶなり、急ぎ足で隣に並ぶ宮本の顔は、弱りきったもので。
「あのときはあのとき。今はいつもどおりということだ。悔しかったら、帰り道くらい覚えやがれ」
宮本が行方不明になったストレスを、ここぞとばかりに発散した。そんな俺様の気を知らずに宮本はマイペースに歩きながら、よく喋りよく笑う。
無事に雅輝のいる駐車場に到着した際には、兄弟の抱擁について、茶々をいれずに見守ってやったのだった。
おしまい
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