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レクチャーⅢ:どういうことだよ!?4

 会社から居酒屋までは、徒歩で10分くらいの場所にある。    宮本は粉砕されたうんまい棒を握りしめながら走った。しかし走り始めてすぐに息が切れはじめる。 「チッ、日頃の運動不足が、こんなトコで現れるとは……。ゼェゼェ」  息を切らしてバテている場合ではない。早く兄貴から、江藤さんを奪取しなければっ。 「酔っ払ってる、江藤さんを……。ゼェゼェ、兄貴から奪取して、ゼェゼェ、それから――」 (それから俺は、一体どうするんだ?)  何のきっかけか分からないまま、心の中に燃え広がってしまった恋の炎。ゴーゴーと燃えているのは宮本だけで、残念なことに江藤は兄貴と復縁するかもしれないという事実が目の前にぶら下がっていた。  昨日兄貴に逢って、江藤はあからさまに動揺していた。世間話をしているときも、兄貴のことをさりげなく訊ねてきた。きっとまだ好きなのかもしれない―― 「主観的観測で考えちゃいけない。あ~もう絶対、ドーパミンが異常に分泌されてるっ!」  体内にしこたま入ってる、江藤から貰ったうんまい棒満載の躰を引きずりながら、普段はしない全力疾走に確信したくなかった恋の意識――そのせいで頭がイッちゃってる状態なので、宮本の頭の中ではマトモな考えがまったく浮かばなかったのである。 「もう、どうすりゃいいか、ゼェゼェ、分かんねぇって、ゼェゼェ……」  居酒屋まであと百メートルという距離で、肩を寄せ抱き合ってる背の高いふたりが、目に飛び込んできた。 「どういうことなんだよ、そういうことなのか? いや、どういうことなんだよ……」  そのふたりとは、江藤と兄貴だった。    宮本に背を向けていた江藤がどんな顔をしているか分からなかったが、兄貴に抱かれているその姿はどこからどう見ても、仲のいい友人を通り越して、デキているとしか思えないものだった。 (――っていうかどうしてこんな往来で、堂々と抱き合ってるんだよ。俺に見せつけたいのか!?)  かくて宮本の中で燃えあがった恋の炎が、嫉妬という名に変換されてその色を変えた。ついでに頭のネジも、何本か吹き飛ぶ事態に発展する始末。  足元をふらつかせながらも、急いでふたりの元へ駆け寄る。 「どうしたんだよ! こんな目立つところで抱き合うなんて、ちょっと非常識だろ」  ゼェゼェ息を切らしながら怒鳴る声に反応して、江藤がゆっくりと振り返った。その目が完全に据わっていたので、宮本の頭の中にある危険を知らせる警報が、消防車のサイレンみたいに鳴り響いた。  日頃叱られてばかりいるので、こういう危険を察知する能力が極めて高かったりする。  目の前のふたりは宮本が注意したのを受け、どちらからともなく躰を放して距離をとった。 「江藤ちん、おまえが電話を切った直後に、店で暴れて大変だったんだ。取り押さえるのに、結構苦労したんだぞ」 「ああ、悪かったな。迷惑掛けて」  江藤は兄貴に謝った途端、宮本の頭を迷うことなくグーで殴った。 「いった! いきなり何すんだよ」 「おまえが来るのが遅いからだろ。いつまで俺様を待たせる気なんだ、コノヤロー」  そしてまた拳を振り上げると兄貴が腕を掴んで、慌てて引き留めた。 「こら江藤ちん、暴力はダメだってば。落ち着けって」 「これが落ち着いていられるか、ボケ! 日頃からコイツの無神経な態度に、こっちは超絶辟易してんだ」 「俺だってな、アンタの主語の欠けた言い方が超嫌いなんだよ!」  睨み合う宮本と江藤を見て、呆れ顔した兄貴が肩を竦める。 「あ~……。キライキライもスキの内だな。まったく何を好き好んで、遠回りしてんだか。見ていてバカくさくなる」 「なんだとっ!?」  見事なまでに同じタイミングで、江藤と同じセリフを口走ってしまった。 「とりあえず祐輝が江藤ちんをおぶって、自宅に送ってやってくれ。足元がおぼつかない状態だからさ」 「……分かった。はい江藤さん、どうぞ」  兄貴の言葉に宮本は渋々しゃがみ込んで、おんぶができるようにスタンバイした。いつもなら文句を言う江藤がなぜか素直に従って、静かに背中に乗っかってくる。

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