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レクチャーⅢ:どういうことだよ!?5

「それじゃあな。今度逢うときは、いい報告待ってるから。そしたら3人で打ち上げしようぜ」  手を振りながら背を向けて、ゆっくりとした足取りで帰って行った兄貴。    その後ろ姿を見送り、背中に伝わる江藤を重みと熱を愛しく感じながら、自宅に向けて歩き出した。   「…………」 「…………」  江藤は何も言わず宮本におぶさったまま、ずっと静かにしていた。耳元からは規則的な呼吸が聞こえているので、もしかしたら寝てしまっているのかもしれない。  ――4月のときもそうだった。    新入社員歓迎会でお酒が弱いクセに浴びるように飲んだ結果、今のように歩けなくなった江藤をおぶって、自宅まで送り届けた。 「変わんねぇな、あのときと……」  背負ったときの江藤の重さや熱は4月と同じ。変わってしまったのは、恋心が再燃してしまった自分の気持ちだけ――新入社員歓迎会のときはなんて損な役回りを担ったと思ったのに、今はそれすら愛おしく感じてしまえるなんて、夢にも思わなかった。    江藤の躰から香るシトラス系の匂いが、宮本の鼓動をさらに高鳴らせた。触れあっている部分から伝わってくる熱と一緒に、大好きな人の成分がじわじわっと蓄積していく気がする。それを噛みしめるだけで―― 「おい……」  不意に声を掛けられギョッとした。自分の想いに酔いしれていたので、そりゃあもう驚いたのなんの。 「な、何ですか?」  普段から聞き慣れている不機嫌な声で言われたので、なおさらビクビクものなのである。かなり心臓に悪い。 「男は命の危険に晒されている方が、性的魅力が増すらしい」 「はあ、そうなんですか」 (いきなり何の雑学ネタを言い出すんだか。つぅか、江藤さんお得意の机上の論理かよ) 「だから神風特攻隊に選ばれた青年たちは、驚異的なフェロモンを出していたから、すっげぇモテていたのではと俺様は推測した。そこでだ!!」  言いながら宮本の首に回している江藤の両腕に、ぐっと力が入った。 「おまえのフェロモンがたくさん出るように、俺様が直々に毎日鍛えてやっていたのだ。ありがたく思え、佑輝くん」 (おいおいおい、どういうことなんだよ!? 意味がぜんっぜん分かんねぇし) 「あのすんません。江藤さん、この腕の力を少しだけ緩めてもらえませんか? 俺、本当に死んじゃうかもしれない」 「イヤだ。落とされたら困るし」 「本当に苦しいんですってば。いい加減にしてくれよ……」  宮本が顔を歪ませながら言うと、 「そのフェロモンで、俺様をクラクラさせてんだからな」  ギリギリ聞きとれるくらいの小さな声で告げてから、さらに腕の力を強めた。そして、くんくんと鼻を鳴らして宮本の匂いを嗅ぐ。 「おまえ、すっげぇうんまい棒クサイ。残業しながら、どんだけ食ったんだよ?」 「あ~それなりに。気がついたら手が伸びてて、その……結構食べちゃってました」 「俺様があげたヤツ? うまかったか?」 「はい、おいしくいただきました」  言葉通り、宮本はほぼ完食していた。あの量を短時間で食べきった情熱を江藤に見せつけることができるなら、思いっきり見せつけたいくらいである。 「そうか、それはあげた甲斐があった。うれしい……」    言うなり江藤は宮本の首筋に、ちゅっとキスをした。 「ちょっ、酔っ払ってるからって、何してるんですかっ!」 「いいじゃねぇか。好きなヤツに何しようと俺様の勝手だ」  その言葉にびっくりして、おんぶしていた宮本の腕の力が一気に抜けてしまった。 「うわぁっ!」  そのせいで江藤は背中から転がり落ち、腰をしたたかに打ちつけて歩道に横たわった。  (どういうことだよ? 好きなヤツって……)    目の前で腰を擦りながら痛そうに顔を歪ませる江藤を、呆然としながらキスされた首筋を撫でて見降ろすしかできない。 「いってぇな、コラ! いきなり落とすんじゃねぇよ。俺様を命の危険に晒して、どうするんだっ」 「江藤さんの性的魅力が、これでもかと増しちゃいますね、はい」 「おまえに面白企画された時点で、ガンガン上がってるっちゅうーの。それとも何か、俺様のフェロモンを浴びたいなんて、実は思ってるんじゃねぇの?」  そうじゃないと否定したいのに、金魚のように口をパクパクするだけで、うまい言葉が出てこなかった。頬がどんどん熱くなっていく。 「何、その顔。俺様のフェロモンにやられちゃったぜ、みたいな顔してさ」 「やややや、やられてねぇよ。ふざけんな、誰が江藤さんなんか……」  この人の考えてることがさっぱり分からない。俺をからかって遊んでるのか? 想像力の欠如で、見紛う距離が正直もどかしい。  強く打ったであろうお尻をさすりながら、顔を赤くして見下してくる後輩に向かって江藤はふわりと笑いかけた。    その笑顔に見事にやられてしまい、宮本の鼓動が全力疾走した。真っ赤な顔が恥ずかし過ぎて、俯くしかない。 「俺様は、おまえが好きだよ」  その言葉で、全力疾走してた鼓動が一瞬でぴたりと止る。 「なななな、何言ってるんですか。冗談じゃない……。江藤さんが俺を好きとかって、どうして」  確定のできないような好きの意味なんて、信じられるわけがねぇよ。 「どうもこうもない。まんま、俺様の気持ちなんだけどさ」 「と、とりあえずこのまま地面にしゃがみ込んでたら、風邪を引きます。はい、どうぞ」    恥ずかしさやいろんなもので真っ赤になった顔を隠すために、宮本は江藤の前に座り込んで、背中を差し出した。    黙って宮本の背中に圧し掛かり、首に腕を回した江藤を確認してからゆっくり立ち上がる。 「高校生のときは頼りない感じだったのに、立派な男になったよな佑輝くん。俺様がこんな風に、背負われる日が来るとは」 「その話題、春のときも言ってましたけど。何だか年寄りみたいな発言ですよね」  一回しっかりと背負い直してから、自宅に向かって歩き出した。 (さっきよりも江藤さんの体温が高くなっているのは、気のせいだろか――) 「おまえ、耳まで真っ赤になってる。照れすぎだろ」  言いながら、耳元に吐息をフーッと吹きかけてきた。そのせいで宮本の背筋がゾクゾクして、ふたたび江藤を落としそうになる。 「そうやって変なことるすの、止めてくださいって! また落としますよ」 「だって佑輝くんがイジワルばっかりするから。俺様が好きだと言ってるのに、無視するんだもんなー」  無視してるんじゃねぇよ。衝撃的すぎて、言葉が出てこないんだって! 「耳まで真っ赤になるくらい顔を赤くしてるクセに、好きのひとつも言ってくれない。おまえの声で聞かせてほしいんだけど。個人的な見解をさ」 「個人的な見解って――」 「……上司命令っ! さぁ言え、言っちまえ」  どうしてこの人はいつもいつもこのタイミングで、パワハラ炸裂させるんだ――    宮本は諦めの心境を悟り、すぅっと息を吸って止めた。   (言わなきゃ殺されるであろう。もう、どうにでもなれ!) 「俺は江藤さんが好きですっ! はい、言いましたよ。言いましたからね。これ以上の追及は、絶対にしないで下さいっ!」 「…………」 「好きって言っても多分みたいな? っていうか、よく分かんない感じっていうか」 「……多分って、どういうことだよ?」 「そういうことです。だから追及はしないでって言ってるじゃないか」 「茹でダコみたいに真っ赤になってるクセに、多分なんて言葉でごまかすんじゃねぇよ。コラッ!」  江藤は怒鳴りながら、宮本の首に再び力を加えてきた。しかも今度は本当に死にそうなレベルで、ぎゅっと締めあげる。 「ちょっ、無理無理無理っ! 死ねるっ!」  江藤の腕を慌ててバシバシたたいて、死にそうなのを宮本は必死になってアピールした。    あまりにもきつく締めてくるので、両手を使って腕を外しにかかったのに江藤が背中から落ちなかったのは、長い脚を宮本の躰に巻きつけ、うまくキープしていたから。  面倒くさくて厄介な人を好きになってしまった自分を、このときばかりは呪わずにはいられなかった。

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