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レクチャーⅣ:そういうことだよ!?
「ご自宅に着きましたよ~。起きてください」
宮本の背中で散々暴れた江藤は疲れ果てたのか、途中で寝てしまった。大きな声をかけるとぼんやりしながら、目の前に鍵を掲げる。
それを受け取り、自分チのように鍵を開けて中に入った。玄関の電気をつけたら目をしっかりと覚ましたのか、背中からゴソゴソと自ら降りる。
「じゃあ、これで失礼しますね。おやすみなさいです」
江藤にお辞儀をして背中を向けた途端、襟首をぐいっと鷲掴みされた。
おいおい、どうして止めるんだ。何かの罠なんだろうか?
「どうして帰るんだ、せっかく両想いになったんだぞ。喜びを分かち合わないなんて、おかしいだろ。コラ」
「返る道中で十二分にしっかりと、喜びを分かち合いましたけど……」
背中に背負っている大好きな先輩が、自分に対して暴言を吐きながら首を絞めてくるせいで、違う意味で逝きかけたばかりだというのに。
「俺様が……欲しくないのか?」
「えっ?」
呆けた顔をした宮本の頬に江藤が両手を伸ばして引き寄せ、噛み付くようなキスをした。唐突に触れた柔らかい唇に、キスされていることを実感する。
思わぬ行動にビックリして後ずさると背中にドアが当たって、派手な音が辺りに響き渡った。
「好きなんだぞ、おい。どうして逃げるんだ?」
「ちょちょちょ、たんま! 心の準備が……」
「なぁにが心の準備だよ。男のクセして下着の色を気にしてるとか、わけの分からないことを考えたりなんて、まさかしていないよな?」
そんなの気にするわけなかろう! そうじゃないんだ、俺は……。
江藤に顔を掴まれたままでいるので視線だけを右往左往して、突き刺すような直視する視線から逃げた。
「えっと、その……。お互い両想いになったからって、すぐにそういうのをしちゃうのは、やっぱりどうかなって」
おどおどしながら言う宮本に、江藤は形のいい唇をものすごく引きつらせた。
「おまえ、いつの時代の人間だよ。あのな俺たちに災難が降りかかって、いつ命を落とすか分からない世の中なんだ。地震雷火事オヤジ……。オヤジは違うか。とにかくだ!」
「はあ」
「この命が尽きる前に、好きなヤツとヤッておけば良かったと後悔しないためにも今、ヤラなきゃならねぇんだよ、おい」
(絶対にこの人は死なない。どんなことが起きてもその運命を自分の手で無理やりに捻じ曲げて、我が道を行きそうだから)
「さっさとついて来い、シャワー浴びるぞ。うんまい棒のニオイがするヤツとなんか、そのままシたくないからな」
そう言って躊躇しまくる宮本の靴を勝手に脱がせ、自分も放り出すように脱ぎ捨てると、なぜか右耳を引っ張りながら風呂場に連れて行く。
もうちょっとかわいらしく、いや普通に連れて行って欲しかった。本当に抵抗できない方法を、すべて熟知してる。呆れすぎて、何も言えねぇ。
「さあ脱がせろ。俺様はおまえを引っ張ったせいで、かなり疲れてしまった」
歩いてすぐの距離で、疲れるわけがないだろう。まったく、ワガママ炸裂なんだから。
「分かりました。脱がせるんで、抵抗しないでくださいよ」
持っていたカバンを足元に置き、背広を脱がしてからネクタイを解いてワイシャツのボタンを外し始めると、江藤が手際よく宮本のネクタイを解いていく。
「あの、自分でやりますよ」
「気にするな、俺様が脱がしてやりたいんだ。有難く思え」
「むむむ、無理っ!」
江藤の腕を、思わず掴んでしまった。
「さっきから、おまえは何なんだ? せっかくの楽しみを奪うなよ」
「楽しみって、そんな」
「それとも何か、こういうのをしたことがないのかよ?」
眉間に深いシワを寄せ、明らかにピリピリモードの江藤に反論するだけで神経が衰弱している宮本は、怯えつつも俯きながら口を開く。
「違うって! そうじゃなく……。江藤さんにされると胸がドキドキして、自分が制御できなくなるっていうか」
「…………」
江藤の鋭い視線を顔を突き合わせていないのに、痛いくらいに感じた。そんなにじっと、見ないで欲しいのに。
「今だって江藤さんに見つめられるというちょっとのことでも、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキして、すげぇ苦しくて。堪らなくなるんです……」
バカみたいだ、恥ずかすぎんだろ。こんなことを言って、納得するような人じゃないのが分かっているのに。
「そんな顔して、かわいいことを言ってんじゃねぇって。俺様マジで撃ち抜かれちまった」
少しだけ掠れた声で言いながら、江藤は目の前にある躰ををぎゅっと抱きしめる。そんな江藤の躰に、恐るおそる宮本も腕を回した。
ドキドキが、さらに加速していく――
「こんなことしていたら朝になっちまうな。さっさとシャワー浴びようぜ」
言うなり江藤自ら手早く服を脱ぎ捨てると、逃げるように浴室の中へと消えてしまった。
このまま一緒に浴びていいものか迷ったけど残りの服を脱ぎ、思いきって扉を開け放ち中に入る。
浴室に足を踏み入れた瞬間、シャワーの水しぶきが躰にかかってきた。
「ちょっ、冷たっ! 何で冷水なんか浴びてんだよ!?」
呆れながら正面にある鏡に映った江藤の顔を覗きみると、びっくりするくらい真っ赤になっていた。
「おまえが悪いんだぞ、あんなことを言うからっ」
喚くように言って、シャワーを止める。
冷水を浴びた髪からぽたぽたと滴が零れ落ちて、肌の上を滑っていった。
その姿だけでも十分そそられるのに、鏡越しに映る江藤の照れた顔が普段は絶対に見られないものだったせいで、宮本の鼓動を一層高まらせた。
「じっと見んなよ、コラ」
顔だけ振り返って睨む江藤からは、いつもの怖さを感じられなかった。むしろ――
「なんか、かわいい」
そう言うと悔しそうにチッと舌打ちして、鏡をガンガン殴る。
あ~あ、ますます顔が赤くなっているよ。
そんな江藤に向かって勇気を振り絞り、ナイショにしていたことを告げてみようと思った。今更だけど――
「しょうがないじゃないか。だって江藤さんは、俺の初恋の人なんだから。実るなんて、これっぽっちも思っていなかったし」
「え――」
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