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愛を取り戻せ④:誰にも渡さない!2

***  誰もいなくなった部署に響く、キーボードをたたく音。大好きな江藤とふたりきりなのに、重苦しい空気がそこはかとなく流れていた。その理由は眉間にシワを寄せて、これでもかと不快感を露にしてる誰かさんのせいだったりする―― 「……宮本、できたか?」 「あと少しで終わります……」 (俺をバカにした先輩方とのやり取りを、すっごく怒った江藤さんが見られてうれしかったのに)  いろんな意味で手のかかる自分の部下が、同期にバカにされた姿を見るのがイヤだったからなのか。それとも純粋にバカにされるのがイヤだったのか、怒ったワケが皆目検討がつかない。  下唇を噛みしめながら印刷ボタンを押す。プリンターから出てきた書類を持って、江藤のデスクに赴いた。 「大変お待たせしました。確認お願いします」  きちんと頭を下げつつ完成させた書類を、両手を添えて出してやる。江藤は無言でそれを受け取り、渋い顔をキープしたままチェックした。 「あのさ、佑輝くん……」  江藤の手にしてる書類から、カサリと音が鳴った。渇いたその音が、宮本の緊張感を煽る。 「すんません、何か間違ってましたか?」 「あ、いや……。書類はOKなんだが。その――」  持っていた書類をぽいっと放るようにデスクの上に置き、視線を思いきり逸らしながら小さな声で呟く。 「……彼女、作るのか?」 「はぁっ!?」  変な声をあげた宮本の態度に、江藤の眉間のしわがさらに深くなった。 『江藤ちんは絶対に、おまえのことが好きなはずなんだ。だからそれを分らせるべく、佑輝に彼女ができるかもっていうメッセージを送っておくから、うまいことそれを使って気持ちを聞きだしてみ』  安易な作戦だと思ったんだけど、さすがは元彼。――うまい具合に、引っかかってくれたよ。 「江藤さんは見合いして、結婚するかもしれないって兄貴から聞いていたから、彼女を作ろうかなぁって考えましたよ。俺も同じように、幸せになりたいなぁと思いまして」 「見合い、目の前で断っただろ」 「断りましたね。できの悪い俺のせいで!」  冷たく言い放ってみたら、逸らしていた視線をおずおずといった感じで戻す。 「彼女……作るのか?」  困ったような、それでいて駄々っ子のような微妙すぎる表情を浮かべながら、顎を引いて俺を見上げた。 「江藤さんは俺に、どうしてほしいですか?」 「俺様はおまえに……。その……、一人前に仕事ができればいいと思って」 「へぇ。俺に彼女ができたら毎日ウキウキ気分で張り切って、その勢いで仕事ができちゃうかもって考えたりしてます?」  その言葉に、江藤は一瞬だけ眉をひそめた。だけどその下にある瞳が揺らめいて、えらくもの悲しそうに見えるのは気のせいなんかじゃない。 「彼女なんて作んなよ……」 「そんなこと、江藤さんに命令される覚えはないんですけど。だって――」  一緒に過ごした熱い夜をすっかり忘れちゃった人に、どうこう言われたくはないんだ。 「俺様のことが好きなクセに、彼女作るとか生意気なんだよ、おまえはっ!!」  額に青筋を立てながら、鼓膜に突き刺さる勢いで言い放った。 (ちょっ……。そういうことをどうして、怒鳴りながら言えちゃうんだよ、この人は) 「えぇ、ええ。俺は江藤さんのことがすっげぇ好きですけど、片想いみたいなんで、いい加減にすっぱり諦めようかと思いまして」  宮本は頭にきて、思ってもいないことを口にした。  そっぽを向いて唇を尖らせたら、すぐ傍でガタガタとアルミの引き出しを開ける音が聞こえてくる。  視線だけで音の正体を確認してみると、デスクの一番下にある大きな引き出しから、何かを取り出す江藤の姿が目に映った。 「受け取れ。やるよ、それ」  宮本の手元に押し付けるように、小さな箱を渡してきた。  こんな小さなお菓子の箱を、どうして大きな引き出しにしまっていたんだろう? 「なんですかこれ……。明冶製菓の大人のきのこの里? 俺、甘いお菓子は苦手なんですけど」 「大人シリーズは比較的甘くない。佑輝くんでも食べられるはずだって。チョコはビター仕様だし、ほろ苦いココアを使ってクッキーも焼いてるから」  手渡した箱を江藤は右手で手荒に引ったくり、バリバリ音を立てて手早く開けて、どこか渋い表情をキープしたまま宮本を見上げた。 「目、つぶれ」 「何で?」  お菓子を手で持ってる状態は、食わせる気が満々に見える。江藤お得意の、パワハラ炸裂といったところだろう。 「上司命令だ、いいからつぶれって」  これ以上怒らせても非常に厄介なので閉じるフリだけして、こっそりと薄く開けて目の前を見ると、お菓子を口に咥えた江藤が意を決した顔して立ち上がる―― (これは、もしかして……)  慌ててぎゅっと目をつぶり直し、そのときを待った。  宮本がドキドキを必死になって隠していると、甘い香りを漂わせる唇がゆっくりと重なった。口の中に広がるほろ甘いチョコの味と一緒に、江藤が舌を絡める。  角度を変えてその味を堪能しながら腰を抱き寄せたら、顔が離されてしまった。 「佑輝くんを……誰にも渡したくない。雅輝からのメールを見たとき、最初に思ったんだ。思ったのに素直に認められなくて、その……」 「――江藤さん」 「おまえが他のヤツにバカにされるのも、自分のことより頭にくるし。それって、大事に想っているからなんだよな」  記憶にはなかったのに、それでも想っていてくれたんだ。 「大事に想ってるクセして記憶がないとか、江藤さんってばすっげぇ酷い」 「思い出せないなら、これから作ればいいって考えてるんだけど、どうする?」 「どうするって……。こうするに決まってる」  うれしくて、そのままデスクの上に江藤の躰を押し倒した。 「うぉわっ!! どういうことだよっ!?」 「江藤さんがこんなところで、俺にキスするのが悪い。だからお返しをしなければと思いまして」  苦情を言われる前に、大好きな江藤の唇を貪るように塞いでみた。寝乱れた髪の毛をゆっくりと撫でながらキスしたら、躰にしがみつくように抱きしめる江藤の腕の力が心地よく感じられた。 「ゆっ、佑輝くんっ」 「何、江藤さん?」  頬を染めながら瞳を潤ませる姿に、もう興奮が収まらない! 「上司として恋人としてビシバシと厳しく扱いていくから、覚悟しておけよなっ!」 「えっ!?」 (結局いつまでたってもこの人の前では、頭が上がらなそうだ) 「覚悟しますよ、江藤さんだから。ほどほどに頑張ります……」 「はぁあ? 何を言ってやがる。ほどほどじゃ足りねぇぞ。命を懸けてやりやがれ!!」  いろんな意味で覚悟を決めた宮本を、してやったりな顔して見上げる江藤。ふたたびキスをしようと顔を寄せた瞬間、ガチャッという音が耳に聞こえてきた――音の原因を確かめる前に、宮本の頬にたたかれた痛みが走る。  慌てふためいた江藤が悪いことを一切していない宮本に向かって、容赦なく振りかぶって平手打ちをしたからだ。  これって、どういうことだよ!?

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