34 / 91

愛を取り戻せ④:誰にも渡さない!

 後ろで何かブツブツと文句を言ってる宮本をずるずる引っ張りながら会社に戻ると、まだ数人が残業している状態だった。 「ちょっ江藤おまえ、どうしたんだよ。お見合いに行ったんじゃなかったのか?」  眉根を寄せてひどく憂鬱そうな顔を江藤がしているというのに、鬱陶しい同期が遠慮なく話しかけてきた。 「さっさと断って退席してきた。もともと気乗りしないものだったから」  淡々と答えてやると、もうひとりの同期が「ひえぇ~」何て奇声をあげた。どいつもこいつも煩すぎる、大げさな……。 「どうしてだよ、ワケ分からねぇな。だって相手は取引先の部長の娘さんで、大層な美人だろ」 「ああ、だからだよ。俺様には勿体なかったからな」 「ところで何で、宮本を引き連れてるんだ? もしかして宮本の用事って、江藤を迎えに行くことだったのか!?」  ふたりを交互に見比べる同期の視線。それはまるで珍獣でも見るかのような様子に、江藤の不快感が増していく。 「えっ、ちょっ……。上司命令って見合い会場から、江藤を連れ出すことだったのか?」  その言葉に、宮本の顔があからさまに引きつる。残業を抜け出そうとしたらコイツらに捕まり、四苦八苦してここから出てきたんだろう。  横目でチラリと困惑の表情に満ち溢れた宮本を見ながら、掴んでいた腕を離して胸の前で組み、目の前にいる同期たちを見下ろした。 「俺様が出て来いと、宮本に命令していたからな。残業差し置いて、マジメに連れ去ってくれたよ。仕事のトラブルですってな」 「へぇ、なるほどねー。さすがは江藤の下僕。命令には絶対に従うんだな」  睨むような江藤の視線も何のその、同期のふたりは意味深な含み笑いをしながら宮本を肘で突っつく。 (――宮本が俺様の下僕って、一体何のことだ?)  意味がさっぱり分からなくて、隣にいる宮本に視線で疑問を投げかけたら、引きつり笑いがさらに引きつられ、怯えるような顔色になった。 「江藤、そんな怖い顔して宮本を睨むなって。あ、でもいいのか。宮本はマゾなんだから。それで感じちゃうらしいからな」  ふたり揃って、ここぞとばかりに大きな声をたてて笑い合う。 (なぜだろう……。宮本のことを他人がバカにしてゲラゲラ笑ってる姿が、すっげぇムカつく!) 「っ、ざけんなよ、てめぇら!!」  目の前にいたヤツのネクタイを引っ掴んで強引に立たせると、睨みをきかせながら顔を突きつけた江藤を止めようと、宮本が後ろから羽交い絞めする。 「江藤さんってば、これ以上はヤバいですって」 「確かにコイツはバカなヤツだよ。俺様が親切丁寧に仕事を教えているのにも関わらず、まーったく成果が出ないんだからな。だがバカはバカなりに、一生懸命にやってるんだっ。宮本のことを知りもしないで、ヘラヘラ笑うんじゃねぇ!!」 「えっ江藤、落ち着けって。宮本本人が自分のことを、マゾだって言ったんだよ」  顔を歪ませながら苦しそうに告げた言葉を聞き、振り返って猜疑心に満ちた目で宮本を見やる。 「言ったのか、おまえ?」 「言いました、ハッキリと……」  宮本は江藤の躰を抱きしめながら、バツの悪そうな表情を滲ませた。  そんな顔を見たせいで力が抜け落ち、同期のネクタイからぱっと手を離したら、羽交い締めされていた両腕が外される。 「……悪いがコイツはマゾじゃねぇ。どちらかといえばサドだ。俺様に負けないくらいのレベルでな」 「は――!?」  宮本と同期ふたりが鳩が豆鉄砲を食ったような顔して、変な声をあげた。 (どうしてそんな態度になるんだ。俺様としては、正確な事実を述べたまでなのに) 「仕事ができないことによって俺様をイライラさせて、毎度のごとく残業につき合わされる状態は、どう考えたってサド以外ありえないだろ」 「あ、確かに……」 「今はこんなだけど俺様が徹底的に仕事を仕込んで、今以上に伸ばしてやるつもりだ。だから余計な噂をして、コイツを貶めるなよ。宮本、おまえもだっ!」 「は、はいぃっ!?」  突然話しかけられて、ビビッた揚げ句に数歩退いたバカな宮本が、またしても素っ頓狂な声をあげた。 「おまえはやればできるヤツなのに本気で仕事をしていないから、いつまでたってもバカ呼ばわりされるんだ。いい加減、俺様に本気を見せてみろよ!」  内心呆れつつ、いつものように怒鳴り散らしてから自分の席に向かう。無性にイライラした感情を抱えながら、どかっと椅子に座った。  そんな江藤を3人は何も言わずに、じっと見つめてきた。  その中でも宮本の視線がやけに揺らめいていたのが、江藤としては気になってしまったのだった。

ともだちにシェアしよう!