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第12話
襖を恐々と開け、寝室に入れば、涙で濡れたみっちゃんの顔に驚きが広がっていた。思えば、彼が泣いている姿を見るのは、これが初めてだ。これほどまでに彼の感情を昂らせたのは、すべて父への思慕だと考えると、何と健気なのだろう。胸を締め付けられた。
「た、妙子さん……」
「……ごめんなさい、気になっちゃってつい」
決まりの悪さを感じつつぼそぼそと謝れば、みっちゃんと向き合って座していた父が、先刻の私を真似るように仰々しく肩を竦めた。
「粗方聞いてたな? なら、お前からも言ってやってくれ」
「……ええ」
私はふたりの前に腰をおろし、ハンカチで涙を拭うみっちゃんを見つめた。
「確かに私のお母さんは、お母さんただひとりで、お父さんの妻は、お母さんただひとりよ。残酷かも知れないけど、揺るがない事実だわ」
みっちゃんが頷いた。
「でもね、みっちゃんがお父さんの大切な人で、私にとってもそうであることも、確かなの」
みっちゃんにつられて、涙腺が緩みだす。
「周りの人達に認められなくても、私達三人が信じていれば十分よ。だから、これからも私達……お父さんをお願いね、みっちゃん」
みっちゃんはハンカチで顔を覆うと、さらに嗚咽を漏らした。濁っているけど澄んだ声が、ありがとうございますと繰り返す。私達のやり取りを静観していた父が、ふふんと機嫌よく笑った。
「そういうわけだ。どうだ、溜飲が下がったか?」
「……はい、すいませんでした」
「この先もずっと、俺のそばにいろ」
「……はい」
こうして、凛とした、けれどもいじらしい白百合は、父によって手折られたのだった。
きゅう、とお腹が控えめに鳴る音がした。やっとのことで溢れる涙を堰き止めたみっちゃんは、薄っぺらい腹を両手で押さえ、恥ずかしげに笑った。
「……お腹が空いてしまいました」
「俺もだ」と父が磊落に笑う。
「私も」
明るく笑った私は、目尻に滲んだ涙を指で拭いながら立ち上がる。
「カステラを食べましょう? 準備してくるわ」
「僕も行きます」
「いいのよ、みっちゃんはここにいて。準備ができたら呼びに来るから」
そう言って台所へ向かい、カステラを切り分けて緑茶を淹れた後、寝室に戻れば、ふたりは身を寄せ合い、熱い口づけを交わしている最中だった。……何も見なかったことにして、火照った顔を手で扇ぎながら、私はこそこそと台所へと戻っていった。
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