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第11話
さて、事の成り行きが気になって仕方がない私は、ゆっくりと忍足で寝室へ向かった。
襖の前にしゃがみ込み、耳をそばたてる。すると中から、ひどく沈んだみっちゃんの声が聞こえてきた。
「――……奥様の代わりになろうなんて、痴がましいことは考えていません」
一呼吸おいて、その声は続ける。「ただ、貴方と妙子さんが元気でいてくれれば、それで良かった。僕は幸せでした」
過ぎ去りし日々を語るような口ぶりが未だ誤解をとけていない証左で、私ははらはらした。みっちゃんの声ばかりが聞こえ肝心な父の弁明がないのが、それをさらに助長させる。
「貴方の優しさを勘違いし自惚れていた自分が恥ずかしくて、腹立たしい……それでもその思いだけは変わりません。僕はこの家を出て行きます。ですが今後も、許して下さるのであれば、そう願わせて下さい」
啜り泣く声が聞こえる。今すぐにでも襖を開け、寝室に飛び入りたい衝動を必死に抑えながら、私は息を潜めて動向を見守る。
しばらくして、やっと父が開口した。
「そうか」
妙に真面目で落ち着いた声だった。「それがお前の思いか」
「……はい」
「だったら、耳をかっぽじってよく聞け」
「……はい……、え?」
父は真剣に言う。
「俺はな、お前が二十歳になった日に、仏前の八重に伝えてんだ。お前には悪いが、統を俺の伴侶にするってな」
涙声のみっちゃんがひどく戸惑いだしたのが分かった。
「う、嘘……」
「嘘じゃない」
「だって僕は奥様の代わり、いや、それ以下では――」
「八重にまったく似てない」
「え」
「妙子の母親だぞ? 顔も似てなければ性格だってまるで違う」
……確かに母は、大人びた風采だった。遺影を見れば分かる。反面、性格は父が言うように、推して知るべしだった。
「確かにお前を拾った時、俺は八重のいない寂しさを埋めたかった。けどな、お前を八重の代わりにとは、これっぽっちも思ってなかった」
「え、あ……」
「純粋に、俺の一目惚れだ。愛してる、統」
言葉にならないのか、みっちゃんはただただ嗚咽を漏らした。私は胸の前でぐっと拳を作り、心中で「やった!」と歓喜する。何だお父さん、やれば出来るじゃない……。
「ーー妙子」
「ひゃっ」
口から心臓が飛び出る勢いだった。ひっくり返った私の声が、家中に響き渡る。とんと油断していた。父は呆れた声で言う。
「そこにいるのは分かってる。盗み聞きするくらいなら出てこい」
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