17 / 30
第17話
「こっちだ」
シオンの部屋に入るのは初めてだった。
間接照明にシオンのプライベートルームが浮かび上がる。アオはわずかに緊張していた。
ぱっと見、持ち主の性格がわかるような部屋ではない。まるでホテルの一室のように、シオンの部屋はシンプルだった。かろうじて落ち着いたグリーンのカーテンやベッドカバーが、部屋に彩りを添えている。
いまさらながら、アオはこの部屋に自分がいてもいいのか、ためらいを覚えた。
「どうした?」
アオの戸惑いに気づいたように、シオンが手を差し伸べる。アオは頭を振ると、シオンの手を取った。
喉の奥に小骨が引っかかったみたいに、罪悪感がある。それがシオンに対してなのか、一度会っただけの少女に対してのものなのか、アオにはわからなかった。けれど、これだけは言える。
こんな機会が二度とないならば、逃したくはない。
ドキドキと鼓動が早鐘を打つ。
部屋に備えつけられてあるバスルームに連れていかれ、雨と泥でぐしゃぐしゃになったパジャマとセーターを脱がされた。シオンは自分の濡れた服も床に落とすと、アオの前に裸で立った。やや華奢な骨格をしている自分とは違う、大人の男の色気が匂い立つようなシオンの肉体に、アオはくらくらした。
シオンがわずかに首をかしげるのを、アオはのぼせた頭でぼうっと見つめた。
ふいに、シオンの顔が近づいたと思ったら、キスをされた。青く澄んだ瞳は、彼がいま何を考えているのかわからなかった。
ふたりでガラス張りのバスルームに入る。シオンがシャワーのコックを捻ると、温かなお湯が上から降り注いだ。シオンはシャワージェルを手に取り泡立てると、アオの身体を洗った。バスルームに広がる、柔らかなハーブやハチミツ、花の香り。シオンはアオの身体をやさしく辿りながら、首筋に鼻先を擦りつけた。そのまま舐めるようにアオの耳たぶを甘噛みする。そのとき、シオンの指先がアオの乳首を掠めた。
「あっ」
アオはびくっとした。シオンの指はアオのお腹を滑ると、くるくるとへそをこすった。そのまま手は止まることなく臀部を辿り、あわいの間をやわやわと軽く刺激した。
「・・・・・・っ!」
それ以上触れられていたら、堪えきれずにイッてしまう。
「シオン・・・・・・」
アオはシオンの手をそっと押し止めると、その名前を切なげに呼んだ。
きっと、こんなチャンスは二度とないだろう。できることならば、自分の中でシオンを感じたい。
アオはこくりと唾を飲むと、その場に膝をついた。シオンのそれは、アオの身体を見たり、触れたりしても、萎えることなく硬くそそり立っていた。そのことにまずほっとする。アオは乾いた唇を舐めると、ずっしりと重みのあるシオンのそれを手にとった。
かなり大きい。
先端からぷくりと透明な滴を零すそれを、指先でそっと撫でる。アオの刺激でますます大きくなるのがわかって、愛おしさが増した。アオは、シオンのそれを迷わず口に咥えた。
「ん、んん・・・・・・っ」
行為自体は、これまで何度もした。たいていは目をつぶって、胸に込み上げる嫌悪を押し殺し、相手が早く終わることだけを願った。そこに快楽を覚えたことは一度もない。それなのに、相手がシオンだというだけでこんなにも違うものなのか。
シオンのそれは、これまでアオが見たどんなものよりも立派だった。それがいまアオの行為によって感じてくれている。アオは飲みきれない唾液が口の端から伝い落ちるのも構わず、ただシオンが気持ちよくなれるよう、夢中で愛撫した。
シオンの手が、アオの頬に触れる。やさしく撫でられて、アオは泣きたい気持ちになった。ムスクのような雄の匂いに、ぞくぞくっとする。
いつの間にか、アオも感じていた。アオの性器はたらたらと透明な滴を零し、動かないように我慢をしていても、その腰は物欲しげに揺れてしまう。
シオンに挿れてほしい・・・・・・。
アオはシオンのそれに愛撫を続けながら、片方の手をそっと自分の後ろにまわした。双丘の合間に指を差し挿れる。アオの後孔は細い指を難なく呑み込んだ。
不安と期待で心臓はばくばくと鳴っていた。
もしいまシオンの気持ちが変わってしまったらどうしよう。自分が男なことに、シオンが冷めてしまったら・・・・・・。
胸がぎゅっと苦しくなった。
シオンの剛直を受け入れるには、アオの準備は充分ではない。でも・・・・・・。
アオは顔を上げた。
自分を見下ろすシオンの背後から、シャワーの雨が降り注ぐ。苦痛を堪えるかのように、かすかに顰めたシオンの表情はセクシーだった。
アオはごくりと唾を飲んだ。
「挿れて・・・・・・?」
誘うように口元に笑みを浮かべ、望みを告げる。こんなことは何でもないんだというように。緊張で頬は強ばり、声は震えていたが、おそらくシオンには気づかれなかったはずだ。
アオを見つめるシオンの瞳には明らかな情欲が見える。その中に、苛立ちとも怒りともつかない光がちらりと走った。
「あぁ・・・・・・っ!」
アオは腕を引っ張り上げられると、壁に押さえつけられるようにして背後から貫かれた。ずんっ、ずんっとシオンが動くたびに、これまで感じたこともない衝撃と痛みがアオの全身を貫く。
「ああ・・・・・・んっ!」
シオン・・・・・・。シオン・・・・・・。
アオは心の中で、愛しい男の名前を呼んだ。
ざあざあとシャワーが降り注ぐ。シオンはアオの身体には触れなかった。ただ後ろからアオの身体を何度も貫く。
最初は痛みしか感じられなかったアオの身体の奥で、やがて変化が生まれた。小さな快楽が芽吹くように、それはぶわりと身体中に広がった。
アオはかすかに目を開けると、背後にいるシオンを見た。これまで目にしたことのないシオンの姿に、狂喜が走り抜ける。自分はいまシオンに抱かれている。そのことが切ないぐらいに、うれしかった。
「あぁ・・・・・・っ! いい・・・・・・っ!」
もっと。もっとしてくれ・・・・・・。いまだけでいいから、どうか・・・・・・。シオン・・・・・・。
やがてシオンはぶるりと全身を震わすと、達する寸前、アオの内部からそれを引き抜いた。あっ、と思ったときには遅かった。アオの太股にシオンの精液がかかる。
アオは、自分の内部が空っぽになったような寂しさを感じた。
一度でいい。たった一度、シオンの熱を自分の内部に感じたかったのに、それすらも叶わなかったことに、アオは深い絶望を覚える。
ははっ。そうだよな。いまが発情期じゃないとはいえ、シオンが万が一の危険を冒すはずはない。彼には本来の相手がいるのだ。すでに汚れきったアオとは違う、純粋な少女が。
突然、胸を突き刺すような激しい痛みに、アオはぎゅっと瞼をつむった。胸の奥が冷たく、苦しい。何か一言でも口を開いたら、泣いてしまいそうだった。
アオは心の中でひとつ呼吸を吐くと、顔を上げた。瞼を開き、平静さを装うと、シオンの横をすり抜けようとする。
「じゃ、俺、部屋に戻るな」
そのときだった。腕をつかまれ、気がつけばアオはシオンの胸の中にいた。
「・・・・・・悪い。思わずカッとなって乱暴した。お前が素直じゃないことを忘れてた」
普段謝れ慣れてないようすでぶっきらぼうに告げられ、宥めるように後頭部をやさしく包まれる。その瞬間、アオの中で何かがあふれた。
「・・・・・・っく! うぅ・・・・・・っ」
ぽろぽろと涙が零れる。自分はこんなに泣き虫だっただろうか。
必死で泣き止もうとするアオの背中をシオンは撫でてくれた。
「やり直しだ」
シオンはそう言うと、アオの大腿部をすくい上げるようにして抱き上げた。
「ひゃっ」
いきなりふわりと身体が浮き上がって、アオはシオンの首に抱きついた。
「しっかりつかまってろ」
シオンはアオを抱き抱えたまま、バスルームから出ると、そのままベッドのほうへといった。アオはドキドキした。いったい何が起こっているのだろう。
ベッドに下ろされ、バスタオルで濡れた身体を拭われる。それから髪を。
明らかに慣れていない不器用な手つきに、アオの胸に愛しさがこみ上げた。
「貸して」
アオはシオンの手からバスタオルを奪うと、彼の身体を拭った。それからドキドキしながら手をそうっと伸ばして、これまでずっと触れてみたいと思っていたシオンの髪に触れる。間接照明の柔らかな明かりに浮かび上がるシオンの濡れ髪は、いつもよりも色が濃く見えた。シオンは目を閉じて、大人しくアオのされるがままになっている。
ふいにシオンの長い睫毛が持ち上がり、ハッとするような青い瞳が覗いた。
「あ・・・・・・っ」
噛みつくような激しいキスをされ、そのまま勢いよくベッドに倒れこむ。アオの身体の上で上半身だけを起こしたシオンが、ぶるりと身震いをした。そのとき、シオンはアオの首筋に噛みつこうとした。
「シオン、だめだ・・・・・・っ!」
アオの悲鳴に、シオンは弾かれたように身体を上げた。まるで自分のしようとしていたことに気づいたように、その瞳は大きく見開かれ、愕然とした表情を浮かべている。アオは淡くほほ笑みながら、悲しい気持ちでそれを眺めた。
これできっともうおしまいだ。
傷ついた心を見られまいと、アオは顔をそらした。そのまま身体を起こし、ベッドから下りようとした。
突然シオンの手がアオの後頭部を包み込み、自分の身体のほうへ引き寄せるようにキスをした。それはさっきとは違う、やさしいキスだった。まるで好きな相手にだけするような、特別なーー。
そんなことあり得ないとわかっているのに、アオは勘違いをしそうになる。
「・・・・・・っ!」
気がつけば、アオは静かに涙を流していた。
シオンのことが好きすぎて、胸が痛い。こんなに好きになるつもりなんてなかったのに。
シオンはいったん身体を離すと、指でアオの涙を拭った。
「・・・・・・なぜ泣く?」
シオンは、ひどく戸惑った表情を浮かべていた。アオがなぜ泣いているのかわからないのだ。
アオは、シオンに自分の気持ちを伝える気はなかった。だから頭を振ると、シオンはますます困った顔をした。そんなシオンを見つめ、アオは心の中でひっそりと願った。いまこの瞬間だけでいい、シオンがほしい、と。
神の存在なんて信じたことはない。アオが本当に助けをほしかったとき、願いが叶ったことなんてなかったから。でも、もしも願いが叶うのなら。神でもキリストでも何でもいい。そんな存在がいるのならば、どうか、どうか・・・・・・。
ーーいまだけ。それ以上は何も望まないから、いまだけシオンを俺にください。
目を閉じて、初めてアオからシオンに口づける。何でもないふりをしていたが、鼓動はこれ以上ないくらいに鳴っていた。シオンに避けられなかったことにほっとして、薄く開いた唇からそっと舌を差し入れた。
好き。
言葉に出すかわりに、シオンに触れるたびに、アオは心の中でそっとささやく。そのたびに、アオの中で言葉に表せない何かが、まるで湧き水があふれるようにぽたりと零れ落ちる気がした。
シオンが好きだ・・・・・・。
最初はアオのほうが上にいたはずが、いつの間にかくるりと体勢が入れ替わり、シオンに主導権を取られていた。
シオンの舌は絡め取るようにアオの舌を吸い上げ、口の中を自由自在に動き回る。
「ふぅ・・・・・・ぅっ」
飲み下せない唾液が口の端から伝い落ちる。アオは、ぼうっとのぼせた頭で、夢中でシオンの舌を追った。
「あっ!」
シオンの手がアオの乳首をかすった。そんなとこ感じるはずはないと思うのに、身体の奥でむずむずするような感覚がある。シオンはいったん唇を離すと、アオの首筋にキスをした。一瞬強く吸われて、じんと痺れるような刺激が腰のあたりに走る。
「シ・・・・・・オンッ!」
シオンの指先がこねたり摘んだりしてアオの乳首を刺激する。乳輪からぷっくりと立ち上がったアオの乳首は、シオンの愛撫を喜んでいるようだった。シオンはアオの胸を口に含むと、ひどく敏感になった乳首を舐め、軽く歯を立てた。
「あぁっ・・・・・・!」
アオはびくりと身体を跳ね上げると、思わずシオンの頭を抱き抱えた。
「触っ・・・・・・て・・・・・・」
アオのそれはふるふると震え、透明な滴を零していた。まるで触ってくれと自らねだるように。無意識のうちに後ろに伸ばした手を、シオンにつかまれる。
お願いだから、意地悪をしないで。
目の縁から生理的な涙が頬を伝い落ちる。
ついにシオンがアオの望みを叶えてくれたとき、アオの目の奥で弾けるような白い閃光が走った。
快楽が強すぎてつらかった。些細な刺激が、それをしているのがシオンだというだけで、何十倍にも跳ね上がる。まるで、アオの全身が敏感な性感帯になってしまったみたいだった。
シオンが身体を起こす。薄明かりを背負って、シオンの青い目が暗闇で浮かび上がる。額にうっすらと汗を滲ませ、まるで大きな肉食獣のように欲望を隠そうともせず、アオを見つめるその姿は、壮絶なまでの色気を放っていた。
さっきの行為の跡が生々しく残るアオのその部分は、まだ多少の痛みがあったが、ひくひくと脈打つようにシオンを欲していた。
食われるーー・・・・・・!
アオはとっさにぎゅっと目をつむった。そのとき、アオの頭を抱き抱えるように、ふわりとシオンの腕に包まれた。
・・・・・・えっ?
アオはびっくりして目を開いた。やさしくこめかみにキスを落とさた次の瞬間、ズズ・・・・・・ッとシオンの剛直がアオの後孔に入ってきた。その間も、シオンはアオを抱き抱えたままだ。
ぶわっと涙が一気にあふれた。胸が熱くて、苦しい。アオは、どうしていいかわからなかった。涙の海に、溺れてしまいそうだ。
アオはシオンの背中に腕をまわした。
ズン・・・・・・ッ、ズン・・・・・・ッと、シオンがアオの身体を貫く。
「あッ! ああ・・・・・・ッ!」
いま、この瞬間だけは、シオンはアオのものだ。
胸が詰まるような歓喜に、アオはいまこの瞬間に時が止まってもいいとさえ思った。セックスは身体だけではなく、心までを満たすものなのだと、シオンと身体を重ねて、アオは初めて知った。
そのとき、ぶるりとシオンが身震いした。自分の中で放った後、シオンはアオの隣に横たわった。シオンの胸が呼吸に合わせて大きく上下する。行為が終わったいま、アオはすぐに出ていけと言われるだろうと、ベッドの端でわずかに身体を固くさせた。
「なんでそんな端にいる」
抱き寄せるようにして、その身体を包まれる。上からふわりと毛布をかぶせられて、アオは目を瞠った。
「・・・・・・さっき、お前は、自分は必要な人間じゃないと言った。誰にも必要とされていないのだと」
どうしたのだろう。シオンは何が言いたいのだろう。
いきなり話し始めたシオンに、アオは彼の意図がわからず戸惑う。
「アオとは、ハワイ語で”光”とか”夜明け”、”世界”の意味だ。お前の肌は浅黒い。それはそっちのほうの血が混じっているからじゃないのか? だとしたら、お前の両親にとって、お前は世界そのものだったんじゃないのか? そんなお前が不必要な人間であるはずはない。お前はちゃんと望まれてこの世に生まれた。愛されていたはずじゃないのか」
アオは目を見開いたまま、一言も口を開くことができなかった。震える唇を、嗚咽が漏れないよう噛みしめる。
頬を涙が伝い落ちる。
もういい、とアオは思った。もう充分だ。シオンの腕の中で、アオはぎゅっと目をつむった。
ともだちにシェアしよう!