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雨の夜

───ネオ・トーキョーに雨が降る。 その夜、前園志狼(まえぞの しろう)は馴染みのバーで久しぶりに級友と会っていた。 「どうなの最近は?」 店の奥の個室で、ゆったりと長い脚を組んで、竜蛇(たつだ)が聞いてきた。 「相変わらず腐ってるよ」 志狼は刑事だ。 197センチの長身に鍛え抜かれた逞しい体、男らしい風貌。 瞳の色はトルコ石のような青だ。珍しいエキゾチックなブルーの瞳をしている。 左のこめかみに、縦に10センチ程の刃物による傷痕があった。鋭い眼光とその傷痕が刑事とゆうよりもヤクザに見えた。 だが、そんなものは志狼の魅力を全く削ぐことはなく、逆に危険な男の色香となり、その逞しい腕に抱かれたいと願うものは女でも男でも多くいた。 「お前はヤクザになると思ってたのになぁ」 竜蛇はヤクザだ。 くすんだ金茶の髪に琥珀の瞳。180を越える長身でスタイルがいい。 一見、優男にも見えるが鍛え抜かれた体をしていて、目には隙が無い。 本来なら敵対している組織にいる2人だったが…… 志狼が言った通り、警察内部は腐りきっている。ヤクザと癒着など、珍しくもなんともないのだ。 そんな中、以外にも竜蛇と志狼は純粋に腐れ縁の友人関係だった。 時には世間話ついでに、お互い情報交換をすることもあったが。だいたいは酒を飲み、くだらない話をするだけだった。 「刑事に飽きたら、うちにおいでよ」 竜蛇は蛇堂組の組長だ。志狼は何度もスカウトされていた。 「食いっぱぐれたら頼むわ」 そう答えたが、今のところ志狼に刑事を辞めるつもりはなかった。お約束のやりとりなのだ。    上等の酒を呑みながら、うだうだと互いの近況を話していると、竜蛇が犬を飼いはじめたと言った。 犬と呼んでいるが人間の男だ。 昔から竜蛇はSM趣味のあるゲイだ。無理矢理モノにしたらしい。 今は調教中で部屋から出せないと言うが。 「お前、やっぱり悪趣味だな」 「今回は本気なんだよ。恋というものは人を愚かな行動に走らせるよ、志狼」 うっとりした目で恋と言った竜蛇に、志狼は眉をひそめる。 「志狼もいつか恋をすれば分かるよ」 「したとしても、お前の変態趣味は分からねぇよ」 志狼は女にも男にもモテた。セックスの相手に困ったことはないが、特定の相手は作らない主義だ。 恋だの愛だの、煩わしいだけだった。 セックスはスポーツと同じだ。後腐れのない相手と楽しめればいい。 だから志狼はたいがい玄人を選ぶ。面倒な準備も必要無いし、テクニックもある。 相手は玄人だが、個人的に向こうから誘ってくることが多いので、金を払ってセックスすることはほぼ無かった。 高級娼婦に「金はいらない。逆に払ってもいいから抱いて欲しい」と、ねだられたこともあった。 そんな志狼を悪趣味だの、ロマンがないだのと竜蛇は言うが、志狼からすれば、惚れた相手を監禁している竜蛇こそ悪趣味だと思う。 日付けが変わる頃に竜蛇と別れて店を出た。 竜蛇は愛しい犬のもとへ、いそいそと帰っていった。 ───珍しく本気らしいな。 傘を持たずに出たが、雨は小雨になっていた。志狼は酔い覚ましに裏道を歩いて帰ることにした。 しばらく歩くと、か細い猫のような悲鳴が聞こえてきたので、志狼は足を止めた。 暗い路地裏で揉み合う男達がいた。 よくよく見れば、二人がかりで小柄な女をレイプしようとしているみたいだ。 「いい加減に大人しくしろよッ!」 パンっと殴る音が聞こえた。 「ぃやッ! やぁあッ!」 「おい! ちゃんと押さえろ!」 志狼は呆れたようにため息をついた。 ───こんな汚い場所でレイプなんかして楽しいもんかね。 志狼は上等のセックスに慣れていたので、凌辱者の思考は理解できなかった。 男達の方へずかずかと歩いていき、背後から男の首根っこを掴んで、ひょいと持ち上げて放り投げた。 「うわぁッ!」 男は壁に激突して、ずり落ちていった。 驚いて振り返ったもう一人の男の喉を片手で掴み、これまた簡単に持ち上げた。 長身の志狼に持ち上げられ、男の足が宙に浮いてもがいていた。窒息しそうになって口をパクパクさせている男に顔を寄せ「失せろ」と、低い声で脅した。 そして、同じようにぽーんと放り投げた。 二人組はビビって、這うようにして逃げ出した。 「もうこの辺りで悪さするんじゃねえぞ。まったく……」 志狼は振り返って女の方を見た。 「おい。この辺は蛇堂組のシマだろう。なんであんなのにヤラレかかってんだ。ポン引きはどうした?」 「だ、騙されて……俺……」 小柄なのでてっきり女だと思ったら、男だった。男というよりは少年か。 薄汚れていて髪もボサボサだ。情けない顔で涙目になっている。 お世辞にも色気があるとは言えない。 新米の男娼か? にしても毛色が変わってる。 酒が入り、軽くだが凌辱者を力で追い払ったことで、志狼はセックスしたい気分になっていた。 志狼は昔から喧嘩の後にセックスがしたくなるのだ。 少年をじっと値踏みするように眺めた。 瞳の色が変わっている。縁は緑色で中心の黄色へと混じり合った綺麗な色をしている。 瞳の真ん中に向日葵の花でも咲いてるみたいな色だ。その瞳が気に入った。 雨に濡れて泥で汚れたみすぼらしい少年になぞ、今夜は客は付かないだろう。 志狼は少年を持って帰ることにした。 「えっ!? うわっ!!」 肩に担ぎ上げられて驚いて声をあげた少年に「まずはフロだ」と、短く告げて、志狼は大股に歩き出した。

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