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第47話 究極の選択
「がはっ、ぐっ…っ」
「凛っ‼︎」
俺の身体が崖から転がり落ちる寸前、銀ちゃんが力を振り絞って崖の際に飛び付き、俺の左手を掴んだ。直後に、這いつくばる銀ちゃんの背中に鉄さんが飛び乗り膝で押さえ付ける。
浅葱の「くそっ、織部さん!離せよっ、銀様!凛っ!」と叫ぶ声が、崖の上から聞こえてきた。
鉄さんが手に持つ短刀に、銀ちゃんの血がべっとりと付いている。
「凛…っ!絶対に手を離すなよっ!くそがっ、退けよっ、くろっ!…もしかしてこの為に凛を連れて来たのか⁉︎」
「そうだよ。人間の世界でやっちゃうと、事件だなんだと騒がれちゃうでしょ?ここなら凛くんの遺体は見つからない」
「おまえ…っ、ぐっ…ぅ」
銀ちゃんの背中の傷に、鉄さんがぐいぐいと膝を押し付けて、銀ちゃんが低く呻き声を上げた。
「やめてっ!銀ちゃんを傷付けないでっっ」
ちらりと俺に視線を移した鉄さんは、少しだけ首を傾けて考え込む。そして、何かを思い付いたのか、とても楽しそうに笑いながら言った。
「そうだ。凛くんはさ、僕の翼を褒めてくれたから、特別に選ばせてあげる。僕がしろをこの短刀で突き殺すか、凛くんが今すぐしろの手を離すか、どっちがいい?」
「はっ⁉︎何を言ってるっっ」
銀ちゃんが声を張り上げて、鉄さんを退かそうともがく。
「な、んで…?鉄さん…は、銀ちゃんが好きなんじゃないの?」
「人間の男を選ぶしろなんか要らない。でも、おまえはもっと要らない」
すっと目を細め、感情のこもらない口調で話すと、暴れる銀ちゃんの肩を短刀で突いた。
「ぐあ…っ!」
「や、やめてっっ‼︎」
俺は恐怖でがたがたと小さく震え出した。そんな俺を見て、銀ちゃんが苦しそうに声を出す。
「凛…、おまえは、何があっても手を離すな…っ。いいなっ…?」
下を覗くと、底の見えない暗闇が大きく口を開けていて、ぶるりと身体が震えた。
ーーあの底はどうなってるんだろ…?嫌だ…、怖い…怖いよ……。でも、俺は……銀ちゃんを失うことが一番怖い。だから、答えなんて決まってる。
崖の上から、俺と銀ちゃんを心配する浅葱の声が聞こえてくる。
ーー浅葱、銀ちゃんなら大丈夫だよ。『銀ちゃんの為なら何でもするよ』って、俺、言っただろ?
「凛…?」
俺はゆっくりと顔を上げて銀ちゃんを見た。
しっかりと銀ちゃんの姿を目に焼き付けておきたい。それに、俺の気持ちもちゃんと伝えなきゃ。
一度大きく息を吐いて、繋いでない方の拳を握りしめ、震えそうになる声を絞り出す。
「銀ちゃん…、山で迷子になった俺を見つけてくれてありがと…」
「り、ん…?」
「いっぱいいろんな所に連れて行ってくれて、楽しかったよ。普通じゃ経験出来ない事をさせてもらった。ありがと…」
「何を、言ってる…」
銀ちゃんが俺の手を一層強く握る。俺の手を握っている方の腕から、銀ちゃんの血が伝い落ちてきた。
「再会して、一緒に暮らせて嬉しかった…」
「凛、やめろ…っ」
繋いでる方の腕が千切れそうに痛い。俺は、銀ちゃんの手を握る指の力を少しずつ緩めていった。
「俺が男だとわかっても、好きだって、花嫁になって欲しいって言ってくれて、ありがとう…」
「凛っっ‼︎駄目だっ!離すなっっ」
真っ暗な底から唸り声をあげながら風が吹き付けてきて、俺の髪を乱す。
「銀ちゃんはさ…、かっこよくて強くて、優しくて頭もいいから、きっと皆んなに慕われる大天狗になるよ…。俺は近くでは見れないけど…、きっとどこからか見てるから、さぼっちゃ、駄目だよ…っ」
涙が溢れて来て、視界が滲んでしまう。銀ちゃんの顔をちゃんと見たくて何度も瞬きを繰り返した。その度に目に溜まった涙がぽろぽろと頰を流れ落ちていく。
「鉄さんっ、約束だよ!銀ちゃんには手を出さないで!」
「おまえの、その素直な所と物わかりのいい所は気に入ってたよ…。ほら、早く飛べ」
そう言うと、鉄さんが俺に向かって手をかざした。操られるように、俺と銀ちゃんの指が離れていく。
「くろっ!やめろっっ‼︎」
「銀ちゃん…、俺、銀ちゃんに愛されて今すごく幸せなんだ…。銀ちゃん、大好きだよっ!」
泣き笑いの顔で叫んだ瞬間、銀ちゃんと俺の繋がれた手が、離れた。
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