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「んんっ……!」 「……、」  急に強く舌を押し付けられて、ヘンゼルの身体はビクンと跳ねる。そのまま乱暴にぐりぐりと舌をねじ込まれて、ヘンゼルの口からは壊れたように嬌声が漏れてしまう。 「……あのね、ヘンゼルくん」 「あっ、あぁああ……!」 「……あんまり、煽らないで」  ぐちゅぐちゅと激しい水音が厄介。この音と共に聞こえてくる甘い声をもっと奏でたくて、ずっとこうしていたいという気持ちが湧いてくる。しかし、それよりも勝るのは、すっかり主張した欲望を、この中にぶち込んでやりたいという気持ち。ヴィクトールは起き上がると、ヘンゼルの身体を反転させる。ぐったりと横たわりながらヴィクトールを見上げるヘンゼルの顔はすっかり蕩けていて、淫靡な薫りをはなっていた。 「……ヴィクトール……?」 「けっこう、我慢していたつもりなんだけど」 「え……」 「みてよ」  ヘンゼルは促され、ゆっくりと身体を起こすと、ハッと顔を赤らめる。ヴィクトールのそそり立ったものが視界に入ったから。これから自分の中に入ってくるものに、ドキリとしてしまったから。 「ヘンゼルくんの声聞いてるだけでこれ」 「……、」 「あんな風に名前を呼ぶのは、卑怯だよ……もう、僕も限界」  細められた赤い瞳は汗に濡れ。理性によって押さえつけられた欲が放つのは、あまりにも目に毒な色香。それが自分に向けられたものなのだと思うと、全身がゾクゾクとしてくる。 「あ……」  覆いかぶさるようにヴィクトールがヘンゼルの身体の両脇に手をついた。ヘンゼルのヴィクトールの悪行への嫌悪感などいつの間にか吹っ飛んでしまった。これから抱かれることへの期待で頭はいっぱいだ。熱を汲んだ瞳に見下ろされ、心臓の鼓動がバクバクと高鳴ってしまう。あがってくる息のせいで苦しくて、くらくらと視界が歪んでくる。 「だめ、」 「……今更、どうしたの?」 「待って、……やっぱ、むり、」  胸が苦しい、痛い、このまま抱かれてしまったらどうなるのだろう。こうして見下ろされただけでも、こんな状態だというのに。 「……緊張してるの?」 「……ちが、」 「心臓、すごいね……どうしよう、僕までドキドキしてきた」  ヴィクトールがヘンゼルの胸に手をあてて、笑う。……ああ、もうだめだ。抱かれたい、この人に抱かれたい。ヴィクトールのその笑顔は、ヘンゼルの全てを決壊させてしまう。。  ヴィクトールのものの先端が、すっかり柔らかくなった入り口に触れる。ぴくりと身動いだヘンゼルの頬を、ヴィクトールは優しく撫でた。乱れた髪を整えて、耳にかけてやる。それは心地好いようなもどかしいような。不思議なむず痒さにヘンゼルはまた息苦しさを覚える。 「……は、」 「すごい、僕を中に誘っているみたい。先が触れているだけなのに、ヘンゼルくんのここ……きゅうきゅう動いている」 「……だから、いちいち、言うな……」 「恥ずかしい? ヘンゼルくんも言ってみて? 僕の、どんな感じ?」 「えっ……」  ぐ、とヴィクトールはヘンゼルと顔の距離を縮め、意地悪に笑った。何を聞いているんだと睨みつけても、濡れた瞳では迫力はでない。そうして羞恥に黙りこんでいる間にも奥のほうはますます熱くなってきて、もう直前まできているソレが欲しくて堪らない。 「……い、」 「ん?」 「あつ、い……すごく、あつい……今までの道具なんかと違って、……大きくて、あつい」 「……、挿れて欲しい?」 「……」  ヴィクトールの熱っぽい吐息がヘンゼルにかかる。沈黙に逃げることも、嘘をつくこともゆるさないという嗜虐に満ちた視線が、降り注ぐ。ヘンゼルは瞳を震わせ、唇を噛み、……そしてやがて屈服したように静かに吐息を吐き出すと、静かに頷いた。 「……っ、ヘンゼルくん」  込み上げる愛おしさに、ヴィクトールはヘンゼルの首元に顔をうずめて笑った。もう少し意地悪して焦らして、堕として堕として辱めてやろうと思っていたのに、そんな余裕なんてない。むしろそんな風に壊してやるよりも、ただ一緒に気持ち良くなりたいという想いが湧いてくる。 「ヴィクトール……はやく、」 「……うん、」  ヴィクトールは今すぐにでも挿れたい気持ちを一旦おさえ、ソレを入り口から離す。焦ってはいけない、落ち着いて。  具合を確かめるように指を挿れられ、ヘンゼルは一瞬残念に思ったが、さらに加速するばかりの焦燥にヴィクトールの背中を掻き抱いた。これが彼の意地悪ではないことは、わかっている。  ヴィクトールの体温を全身で感じ、彼の吐息を首に受けながら深く呼吸をすると、まるで一つになったような心地になる。汗ばむ身体は二人の熱で溶け出た欲望のよう。緩やかになかを掻き回され、じわじわと熱くなってゆくそこは、早く彼を欲しいと言っている。そんな焦ったさにすらに酔い、ヘンゼルはうっとりと目を閉じる。 「あ……あ……」 「……気持ちいい?」 「……きもち、い……」 「……もうすぐ、挿れるからね」 「……ん、」  指を呑み込むそこは、すっかり全てを受け入れるべく柔らかく蕩けていた。それでもしつこく指で解し、そのときを今か今かと待ちわびる心をなんとか押さえつける。初めて一緒になるときを、幸福感のみで満たすために。 「……ヴィク、……ちょっ、とめ、て」 「……でも、」 「イ、く……から、それ以上、されると……いく……」  弄られ続け、ゆるゆるとした刺激を受け続け、達してしまいそうになったヘンゼルは静かにヴィクトールを制した。イクなら、指じゃなくてもっと熱いものでイキたい。だから止めて。そんなヘンゼルの気持ちは伝わったのだろうか、ヴィクトールはヘンゼルの言葉の可愛らしさにたじろぐばかり。はやる気持ちと高揚に、汗がふきでてくる。 「……待って、僕は、急ぎたくないから、」 「……俺が、いいって言ってんだよ……! はやく、……はやく……」 「……っ」 「お願いだから……ヴィクトール……」  はあはあと息を荒げ、いっぱいいっぱいにヘンゼルは懇願する。切羽詰まった表情をしたヴィクトールの手を掴み、ぎゅっと握りしめ、涙に濡れた瞳で訴えかける。 「……ッ」  もう、限界だった。しっかりとそこを慣らすことができたのかはわからない。でも、とにかく早く一つになりたい。  ヴィクトールは身体を起こし、ヘンゼルの太ももを掴んだ。そして、腹のほうへ脚を倒して、そこを丸見えの状態にしてやる。しかしそんな恥ずかしい格好をとらされてもヘンゼルは抵抗するどころか期待の色を顔に浮かばせた。シーツをつかみ、ヴィクトールを見上げ、頬を紅潮させ、唾をのみこむ。 「あっ……」  先端が入ると、ヘンゼルの唇から上擦った声が零れる。はやく全部欲しいと言わんばかりに結合部を見つめるその瞳は、じっとりとした熱を孕む。少しずつなかに入り込んできて肉壁を押し広げられる感覚が、じわじわとヴィクトールの欲望に侵されてゆくようで……たまらない。 「きつ……痛くない?」 「だいじょうぶ……」  十分に慣らしたからか、それとも「ソシツ」があるからか。最後まで、奥まで入るまでにヘンゼルが痛がることはなかった。腰と腰がぶつかって全部入ったことを感じ取ったヘンゼルは、安堵したようにため息を吐く。 「……ヘンゼルくん、やっと、」 「……へんなかお」 「えっ」 「……まぬけづら」  焦らして焦らして、苦しかったのはヴィクトールのほうだった。限界まで押さえつけたヘンゼルを求める想いがようやく叶ったヴィクトールの顔は、達成感、開放感、幸福感……いろんなものが混ざり合ったものだった。今まで余裕ヅラで自分を責めてきた彼の腑抜けたようなその顔に思わずふきだしたヘンゼル。それをみたヴィクトールが思わず呟いてしまったのは、 「……好き」  今まで輪郭をあらわすことなくもやもやと胸の中で滞留し続けた感情の名前だった。

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