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*** 「君もショーにでるんでしょ!? いつ? いつ? すごくみてみたいなァ!」 「あれ? 新顔じゃん! こんな美人さんいたっけ?」 「このあと時間ない?」 「……」  何度、手が出そうになったかわからない。ヘンゼルは苛立ちが隠しきれていない顔を隠すべく、俯きながら作業をする。 (……この役は俺がやる必要あったのか……?)  ヘンゼルがまかされた仕事は、ショーの受付だった。客からチケットを受け取り、処理をする……所謂雑用である。直接あの忌々しいショーを見ないですむのだからマシかと思ったものの、実際のところは非常に不愉快な仕事だった。客の殆どが、ヘンゼルを見る度に何かしら「セクハラ」をしてくるのである。中には急に興奮しだして襲ってくる者もいた(流石にその客は殴ってしまった)。 (なーにが人手不足だよ俺には給料払わなくていいからこんな仕事やらせてんだろ、クッソ)  入場が落ち着いてきて、客足が減ってくる。下卑た顔つきで何度も何度も口説かれて怒りが頂点に達していたヘンゼルは、あまりの疲労感にテーブルの上に突っ伏して目を閉じた。  男に口説かれることは初めてではない。ここに来る前も、そうしたことを言われたことが何度もある。その度相手を殴り飛ばしてはいたが、椛を弟にもつ自分へのからかいだとばかり思っていたそれは、もしかしたらホンモノの口説きだったのかもしれない。思えばいくら弟が身体を売っているからといって、兄にまで欲情する必要などないのだ。 「はぁ……世知辛い」  そんな目で見られながら生きたくない。そういうことが嫌いで嫌いで、関わらないようにしてきたのに。いくらヴィクトールに抱かれることに抵抗がなくなったからといって、誰にでも触られていいわけじゃ…… 「……ヴィクトール……」  ふとヴィクトールのことを考えて、ヘンゼルはぼんやりとため息をつく。なぜ、自分はあの男に触れられることを許してしまったのだろう。顔がいいから? セックスが上手だから? きっかけなんてわかれば苦労はしない、気付けばこんな風になっていた。今だって、今朝つけられた痕が疼いて仕方がない。 『夜になったらいっぱいエッチしようね』 「……いっぱいって……いっぱいってなんだよ……」 ~~~ 「ヘンゼルくん、今自分がどんないやらしい格好しているかわかる?」 「やだ、離せよヴィクトール……」  鎖で天井から脚を開脚するように吊るされて、丸見えになった後孔には太いバイブ。何度も何度も達してしまって腹のあたりが自分の白濁液で濡れてしまって、それでもヴィクトールは開放してくれない。 「変態だねぇ、こんなことされて感じてるなんて」 「あぁっ……!」  バシリと鞭で身体を打たれて、思わず甲高い声が唇から漏れてしまう。そんなはしたない姿を嗤われて、また、精液を吐き出したはずのペニスがたちあがってきて…… ~~~ 「……いやいやないない、アイツは痛いことはしないし……」 ~~~ 「ヘンゼルくん、やっぱり君はすごく綺麗だね……この薔薇なんかよりもずっと芳しくて、華やかで……美しいよ」 「あっ……そんな……」  薔薇の花弁が浮かぶ湯船に、後ろから抱きしめられるようにしてヴィクトールと一緒に入る。首筋に何度もキスをされて、甘い言葉を吐かれて……そんなふうに頭のなかをとろとろにされた状態で、ゆるゆると後孔に指を挿れられる。 「あっ、あっ……」 「嗚呼……その声も小鳥の囀りのように愛おしいね……もっと聞かせて……」 「だめ、恥ずかしい……」 「そんなこと言って……ほら、こうするとその愛らしい唇から乙女の歌声のように可愛い声がこぼれてくるってこと、僕は知っているからね」 「あっ、そこ……だめぇ……」 ~~~ 「ちょっと、ヘンゼルくん!」 「はっ」  唐突に頭上から声が降り注いで、慌ててヘンゼルは身体を起こす。そこには、困った顔をしたドクターが立っていた。急に現実に引き戻されたヘンゼルは、自分が今、とんでもない妄想に耽っていたことに気づき、顔を赤らめて、すぐに青ざめさせる。 「あのねぇ……やたらと問い合わせがくるからどういうことかと思えば……納得したよ」 「え、問い合わせ……?」 「君についてのだよ! 受付していたエロい美青年は誰だって! そんな顔してれば誰だってそそられるだろうよ……君、ずっと団長のこと考えていたでしょ」 「か、考えてない!」  とす、とヘンゼルの額を指で突いて、ドクターは怒ったように言う。ドクターの言っている「エロい美青年」というのにはどうにも納得がいかなかったが、言われたことは図星だったため、ヘンゼルは慌てて否定した。ずっと、ではないにしても、今しがたヴィクトールに抱かれることを想像してしまっていたのだ。自分の恥ずかしいにもほどがある妄想に冷や汗を流すヘンゼルの顔を、ドクターは訝しげに覗きこむ。

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