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*** 「まあまあそんなに重い表情しないで! ね、次があるよ!」  小さな部屋、いくつか並ぶ簡素な安っぽいベッドのひとつに、椛は膝を抱えて座り込んでいた。首には鎖のついた首輪がついていて、逃げられないようになっている。黙りこくる椛に話しかけているのは、隣のベッドの少年だ。 「初めてだったんでしょ? 負けてもしょうがないって。俺だって初めてのときは普通に負けたけど、今は勝ちポイント7点もってるよ」 「……でも、僕……全然手も足もでなくて……」  この部屋はショーにでるドールが集められ、収容されている部屋だった。約10人小さな部屋に、呼び出されない限りは閉じ込められている。椛も例に違わず他のドールたちと共にこの部屋で過ごしていた。 「手も足も出ないって……だって、グレーテルくんの相手……たしか「C」でしょ? ムリムリ、あいつら頭オカシイもん」 「……「C」?」  トロイメライには様々なルールがあるらしいのだが、それを団員から教えられるということはなく、ここで過ごしていくうちに自然と理解していくものらしい。数日しかここにいない椛はトロイメライのルールをほとんど知らず、他のドールたちの話についていけなかった。 「ほら、この部屋の扉に書いてあった番号。「Aー1」って書いてあったでしょ? 「A」の部屋には負けポイントが0~3点のドール、「B」には4~6点のドール、そして「C」には7~9点のドールがいれられるんだよ」 「……で、僕たちが、「A」……なんで「C」がそんなに危ないの?」 「普通に考えてみろって。負けポイント10点で惨殺されるんだよ? 「C」の奴らは死の淵にたっているも同然さ。もう一点たりとも負けポイントをとってたまるかって、ショーにでるときは殺気みたいなもんだしてさ、本気でかかってくる」 「……でも……これから先も、僕は誰が相手でも勝てる気がしないし……それに、僕が勝てば誰かを死に一歩近づけることになる」    陰鬱に、ぼそりと言葉を紡ぐ椛の顔を、少年は覗きこむ。 「……死にたいの? 君が負ければ君が死ぬよ?」 「……僕は……僕のせいで誰かが死ぬなら、僕が死んだほうがマシだと思う……でも、今は兄さんの無事もかかっているから……そうも言えないし、」 「兄さん?」 「一緒に、ここに捕まっているから……僕が勝って助けてあげないと……」 「へえ! 君のお兄さんがここにいるんだ。ショーのドールだといいね、ドクターに捕まって改造なんてされてたら助けたところですぐ死ぬからね! まあ、そうやって君が勝ち抜けば、誰かが蹴落とされて死ぬ……そんなことで悩まないほうがいいよ! 団長の策略にモロハマっているじゃん、君」 「団長の策略……?」  団長、その言葉を聞きつけた他の少年たちが、椛のもとに集まってくる。皆、トロイメライの団長について興味津々なのか、うずうずとしながら少年の話に耳をかたむけはじめる。自分の話が注目を浴びているのだと感じ取った少年は得意気に、トロイメライの団長の話をはじめた。 「トロイメライの団長・ヴィクトールは真性の外道だ。人の欲望を煽って踊らせて、嘲笑うのが何よりも好きらしい! グレーテルくんが自分が死ぬか、他人を蹴落として生き残るか……それに悩んでいる姿はヴィクトールの大好物なのさ」 「ああ、それきいたことあるよ!」  他の少年が言葉を挟んでくる。そうすれば、集まってきた少年たちが各々の持ち合わせている情報を話しだす。 「団長って閉鎖的な村で育ってさ、そこでは血族同士で子供をつくるのも当たり前で、まあ……不自由な体をもって生まれる子供が多かったんだって! で、団長の家族は団長を除いて全員ソレで、なんか一家まるごと見世物小屋に売り飛ばされたらしい」 「団長はそこで見世物にはされないで、客引きをやらされたみたいだけど……自分の家族が見世物にされているのをみて、ちっとも悲しまなかったとか」 「世間は団長の村を腫れものみたいに扱って近寄りもしなかったのに、見世物として世間に晒された途端、その村で育った団長の家族が大人気だ。後ろめたいものを好む人間の性、そういったものの魅力に団長は取り憑かれちゃったんだって」 「それで、トロイメライとかつくっちゃったんでしょ? 頭おかしいよね、団長。家族が生まれつきの体を笑われているってのに何も思わなかったんだから。団長こそ――人間じゃない。五体満足で生まれた代わりに心を失ったとか言われている……人の心をもたないバケモノだ」  次々と語られる「トロイメライの団長」の話に、椛は目が回りそうになってしまったしかし、なんとか頭の中でひとつずつ噛み砕いていき理解すると、トロイメライという組織の異常に気付く。金儲けのためではなく、人間が欲に耽る様を愉しむために、こんなにもたくさんの犠牲をだして「見世物小屋」商売をやっている。考えてみれば、ただ少年同士を向かい合わせて「イカせ合い」をするならこんなにたくさんの少年を収容する必要もない。二人入れば十分なのに、わざわざ「勝ちポイント」「負けポイント」などというルールをつくってたくさんの少年を競わせる。他人を蹴落とし自分だけが勝ち残る、そんな醜い争いをさせるために。 「……僕たちは、そんな奴らの遊びに乗っかって、争わなければいけないの? 他に助かる方法はないの?」 「ん~……できればあんな恥もかきたくないし、脱走とかしたいけど……ほら、こうしていつも鎖に繋がれているし、外されるときも団員が銃を持っているからおとなしくしていなくちゃいけないし……ね、なにより脱走に失敗すれば、ドクターに捕まって改造人間だ。黙ってルールにしたがって勝ち抜くのが、一番安全な方法だよ」 「あっ、でも聞いたことあるよ!」  諦めの雰囲気漂うなか、一人の少年が朗々と言う。 「「C」の奴らがなにか企てているらしい。アイツら、もう自分たちが死ぬってところまできちゃっているからさ、いちかばちかの暴動を起こそうとか、そんなこと言っているらしいよ」

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