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 ゆらゆらと腰を揺らし自らヘンゼルは後孔を解してゆく。予想外の連続。理性の殻を破ったこの美しい青年の本性はこんなにも淫らなものだったのか、ヴィクトールは興奮と驚きで言葉がでてこない。彼をここまで育てたのが自分であるとわかっていても、ただただ驚愕するしかなかった。時折漏れるうめき声、自分の身体をわかっていないヘンゼルは、手探りでイイところを探し、ナカを掻き回してゆく。唇を噛み締め、ヴィクトールの腹部に手をついて必死に受け入れる準備をしている彼を見ていると、無理をするなと言いたくもなるが、同時に愛おしさがこみ上げてきてこのまま見ていたいと思ってしまう。 「あっ……!」  ぴくん、と彼の身体が跳ねる。みつけた、とでも言うようにホッとした表情を一瞬浮かべると、ヘンゼルはそこを重点的に弄り、自らを追い詰める。 「あっ、あっ……!」 「ヘンゼルくん、僕が……」 「いいっ……いい、ヴィクトールは、みてろ……俺が、自分で……したい」  そう言ってヘンゼルは後ろを弄りながら、乳首をつまみ上げた。ヴィクトールに穴を舐められながら触ったときを思い出すように。あのとき命令されたようにきゅっと細い指で引っ張り上げ、こりこりと転がして。胸を強調するように身体を反らせながら乳首と後孔を虐めるヘンゼルの姿はもはや昔の面影が消え去っていた。自分でもはしたないことをしている自覚はあるのだろう、顔を真っ赤にして閉じた瞼を震わせている。それでもヴィクトールにやってもらうのではなく、自分でやろうとしているのはきっと……自分が堕ちたのだと自分自身に思い知らせるため。どこか自虐的で破壊的な自慰は、悲哀な雰囲気を漂わせる。 「あっ、んっ……あ、あぁ……」  自分の上で卑猥すぎる自慰をされるヴィクトールの心境といえばとてつもなく焦らされている気持ちであったが、嬌声のなかに「ヴィクトール、」と小さく名前を含まれるとそれだけで下半身が反応してしまう。今すぐにでもひとつになりたいとそう思うのに、ヘンゼルの涙がそれを赦してくれない。儚い声が、まるで痛々しすぎる懺悔のようで、ヴィクトールの胸をきりきりと締め付ける。  ヘンゼルは、自分を「悪党」と呼ぶ。それは間違っていない。自分のしていることに罪悪感を覚えたこともない。何度も「下衆」「悪者」そう呼ばれてきた。そのたびに「だからなんだ」としか思っていなかった。ヴィクトールはここで初めて、この「悪党」という称号が恨めしいと思う。自分の行いを悔い改めるわけではないところがまたどうしようもない悪党であるのだが、この「悪党」という称号のせいでヘンゼルを苦しめている、それが辛かった。もうどうしようもないことなのに。 「はっ……、は、ぁ……」  ヘンゼルがくたくたになって、ヴィクトールを見下ろす。挿れるよ、と目で言われてヴィクトールは心配そうに見上げながらも黙って頷いた。  ヘンゼルがヴィクトールのすっかり大きくなったものを再び掴む。そして、その上にゆっくりと腰を落としていき…… 「あ……」  入り口に先端が触れたところで、ぴくりと身体を震わせた。ヴィクトールが「大丈夫?」と声をかければ黙ってろとでも言わんばかりに睨みつけてくる。こめかみから汗を流し、目を眇め、大きく息を吐き……先端から溢れる先走りを塗りつけるようにして入り口にそれを馴染ませ、埋め込ませてゆく。びく、びく、と小刻みに痙攣しながらそれでもヘンゼルは最後まで挿れようと必死になっていた。思わずヴィクトールがヘンゼルの手をとって指を絡めれば、ふ、と微笑む。 「んっ……あ、っ……」  ようやく、奥まではいって、ヘンゼルは安心したようにヴィクトールの上に乗る。疲れたような、哀しんでいるような、嬉しそうな……そんな笑顔を向けられて、ヴィクトールの胸は貫かれたように傷んだ。 「ヴィクトール……」  月光が青白く室内を照らす。白い肌は光に濡れ、ひとつの芸術品のように美しい。しかし、如何せん艶めかしすぎる。はあ、と吐息を吐き出した唇は物欲しげにはくはくと動き、胸は大量の鬱血痕が散り、黒髪が汗で額や頬に張り付いて。ヴィクトールを見下ろす瞳は熱に潤み、睫毛がふるふると揺れる。 「んっ……あぁっ……」  静かに、ヘンゼルが前後に動いた。恥じらうように、淑やかに。中にはいったペニスを前立腺にこすりつけるように、ゆるゆる、ゆるゆると動く。何度も制止をかけられたヴィクトールは、ヘンゼルを突き上げたくとも気後れしてしまってできない。自分でしたい、といった彼の意思を尊重したい。しかし、ただ指を絡めてヘンゼルの痴態を眺めているというのは、あまりにも酷だった。ヘンゼルの肉壁はきゅうきゅうとヴィクトールのものを締め付けてくれているものの、やはりその穏やかな動きでは、刺激が足りない、もどかしい。じくじくと少しずつ、少しずつ膨れ上がってゆく快楽に、ヴィクトールは苦悶の表情を浮かべる。 「あっ……ん、ぁ、……あ」  白い身体が、ゆらゆらと揺れる。羽織っている真っ白なシャツは清潔感を醸し出しているのに、結合部付近で先から蜜を零しながらゆれているヘンゼルのペニスは卑猥だった。次第にずり落ちてゆくシャツの下、曝け出した肩。中途半端にその身体を纏う布は、ヘンゼルを淫猥に飾る。月明かりによってくっきりと浮かび上がった首筋の影が、ヘンゼルが身体を捩るたびに形を変える。  あんまりにも、残酷だ。視界に飛び込んでくるもの全て、ヴィクトールの欲を煽る。儚く喘ぐヘンゼルを今すぐにでも押し倒してぐちゃぐちゃにしたいという想いが溢れ出る。しかし、それは押さえ込まなければならない。 「ヴィクトール……もっと……」  目を閉じ、独り事のようにヘンゼルが呟いた。そうして、自ら今度は身体を上下に動かす。記憶の中、ヴィクトールに激しく突かれていたときを思い出すように、自分の奥をヴィクトールのペニスに押し当てるように、ゆっくりと上下に。ベッドが小さな軋みをあげて揺れる。パサパサと揺れ動く黒髪を耳にかけてあげたいと思いながら、ヴィクトールは耐えるように歯を食いしばる。 「あっ、あっ……」  溢れる声は部屋の中に溶けゆくように儚く。気持ちよさそうに表情を蕩けさせているのに、どこか上品なのは、夜の静寂さのせいなのだろうか。無音の空間に、ヘンゼルの声と布擦れの音だけ。神秘的で、淫靡に、自分に跨がり腰を振るヘンゼルを、ヴィクトールは呆けたように見上げていた。 「あぁっ……あ、ぁ……ん、」  徐々に息があがってゆく。眉をひそめ、快楽が迫ってきたのだと、その顔が言っている。ぎゅうぎゅうと強くなってきた締め付けは、それを確信へと変える。ペニスが奥を貫くたびにびくびくと苦しそうに身体が震えるのに、もうとまらないとでも言うように律動の速度は上がってゆく。見上げたさきにゆらゆらと身体をくねらせながら必死に快楽を貪るヘンゼル、まるで白昼夢のなかにいるようだった。 「ヘンゼルくん、」 「あっ……もっと、名前を、……! あっ、」 「……っ、ヘンゼルくん」 「もっと……引っ張って、もっと、あ……」  「んっ、」、唇をきゅっと閉じ、小さな声を漏らして、ヘンゼルは達してしまった。ぱたりとヴィクトールの上に倒れこみ、胸板に縋りつくようにして目を閉じる。  はあはあと肌に汗を滲ませ自分の上に伏しているヘンゼルの髪を、ヴィクトールはそっと梳いてやる。ちらりと顔を見上げてきてはまた気持ちよさそうに目を閉じたヘンゼルに、たまらない愛おしさを覚えた。 「ヘンゼルくん、」  ヘンゼルは達する直前に「引っ張って」と言った。ヴィクトールはどういう意味なんだろうと考えて、ああ、と小さくため息をつく。きっとヘンゼルは自分に闇を映し見ていたのだろうと。闇の中へ引っ張って、苦しい、……そう思っていたのだろうと。未だはいったままの後孔はきゅんきゅんと疼いている。まだ足りないだろうか、もっとしてもいいだろうか…… 「……動いて、いい?」 「……、」  一瞬の沈黙。そっと顔をあげ、ヘンゼルは濡れた瞳でヴィクトールを見上げる。そして、こくり、と頷く。 「……でも、ヘンゼルくん、一回イっちゃったもんね、そんなに激しくはしないから……」 「……なんで」 「えっ」 「……そんなんじゃ、だめなんだよ……ヴィクトール、」  そろり、ヴィクトールの身体を這って、ヘンゼルはヴィクトールの顔を覗きこむ。黒い瞳は、恐ろしく美しく、磁石に吸い寄せられた鉄屑のように、ヴィクトールは目を離せない。 「めちゃくちゃに犯してよ、……わけわかんなくなるくらい、……俺が、壊れるくらい……」 「……――」  ヘンゼルの肩を乱暴に掴み、身体を反転させる。噛み付くようにキスをして、身体を弄った。腰をひき、一気に奥を突き上げる。突いて、突いて、細い身体が崩れてしまうくらいに、突いた。ぼろぼろと涙を流しながらヘンゼルが発した今までにないくらいの甘い声は、まるで悲鳴のようだった。  合意のないセックスのように乱暴なものだったと思う。それでもヘンゼルは幸せそうに微笑んだ。ヘンゼルの手が伸びてきて、その指に自分の瞼を優しく撫でられたとき、ヴィクトールは初めて気付く。自分も泣いていたことに。何が悲しくて、どんな理由で泣いたのかもわからない。ただ、気付けば次々に溢れだしてきた。「おまえまで泣いちゃだめじゃん、」そう言ってヘンゼルは笑って――意識を飛ばしてしまった。  中に精を吐き出して、そして、ぐったりとしたヘンゼルの身体を掻き抱く。「愛しているんだ、」そううわ言のように呟きながら。  ヴィクトールは自分の罪の重さに、初めて気付く。

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