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「団長、最近浮かない顔をしてますね。なにかあったんですか?」
本日のショーが終わり、ヴィクトールが更衣室で着替えをしていると団員が話しかけてくる。きぐるみをかぶっていた彼は、すっかり薄手のシャツに着替えてタオルで汗を拭いていた。
「ううん……何もないよ、大丈夫、ありがとう」
「そうですか? だったらいいんですけど」
近頃どこか不安定なヘンゼルのことが気がかりで、ヴィクトールは考えこむことが多かった。
ヘンゼルの頭と身体はなぜあんなにグレーテルという存在に支配されているのか。最近のヘンゼルの様子は、彼の意思をなにか見えないものに捻じ曲げられて、それに喘いでいるようだった。その「なにか」に逆らおうとしているから、苦しんでいる。
「ねえ、ビス」
「はい?」
「自分が……いつの間にか、物語の登場人物になっていたらどうなると思う?」
「ええ、なんですか突然。え~……そうですね、ああ、そうだったら俺達はお伽話の魔女とかその下僕みたいな役割でしょうかね。う~ん、だったら俺達、退治されちゃうかも!」
そして、ヴィクトールは自分という存在にも疑問を抱き始めていた。いつの間にか自分はトロイメライの団長になっていて。自分がトロイメライの団長になった経緯は「知っている」けれど、「記憶」にはない。例えるなら、舞台でなにか「キャラクター」を演じる「役者」の気分。「キャラクター」の背景を知識として知り尽くしてはいるが、自分自身ではないため自分の記憶としてその背景があるわけではない。今の自分の状況はまさしくソレ。知らない間に舞台にあがって、「魔女」を演じているのかもしれない。
「主役は誰でしょう。物語なんて主役を中心に世界が回っているから、俺達の存在なんてないがしろにされちゃいますね。ぱったり死んだって、誰も気づかない……うーん、かなしい。……っていうか、変な臭いしません?」
「……たしかに、なんだか煙のような……」
「――団長!」
勢い良く更衣室の扉が開く。飛び込んできたのは、客の誘導をしていた団員の女だ。
「火が……お菓子の家の地上フロアで火事です……! 先ほど数名のドールが脱走しているのをみたので、もしかしたらドールが火を放ったのかと……!」
「なんだって!?」
女の言葉に更衣室は騒然となる。お菓子の家は地上に一般住宅ほどの大きさのファンシーな風貌をした建物があり、そこを出入口として地下に広大な空間をもっている。ショーを行う会場(この更衣室も含む)が地下1階、ドールの収容室、研究室、及びその他の部屋が地下2階。つまり、地上フロアで火事が起こった場合、地下にいる団員達が脱出することは困難なのである。
「……ここのフロアまで火がきていないということは、まだそこまで大きなものではないんだろう。早めに脱出するんだ」
「そうですね……! 水を被ってはやく皆で外に脱出しましょう!」
更衣室にいた団員たちがバタバタと貴重品だけを身につけ、脱出の準備を始めた。しかし、ヴィクトールは次々と扉からでてゆく団員たちの背を見送るだけで、動こうとしない。
「団長もはやく……!」
「……僕はあとからいく。先に皆で外に出て行って。なるべくバラけないように。急いで」
「どうしてですか! 団長も一緒にいきましょうよ!」
「いや……僕はヘンゼルくんを迎えにいくから……それからまだドクターにも伝えていないね? ドクターも一緒に連れて行くよ」
「……わ、かりました。どうかお気をつけて」
団員はヴィクトールの言葉に反発はできなかった。ヴィクトールはこれから更に下にある階までいくのだという。危険だからやめろと言いたいところだったが、ドクターを助けにいくと言われれば何も言い返せない。団員たちは心配そうにヴィクトールをチラチラと省みながら、部屋をでていく。
残されたヴィクトールも、早く二人を迎えにいかねばと、団員たちが全員扉をでていくのを確認すると、地下に向かって走りだした。
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