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「グレーテル……おまえ、グレーテルだよな、ヘンゼルの弟の」
町へ戻って数日。椛は気の良い主人の経営する酒屋で働きながら、日常を取り戻していた。金回りの良くなった親は優しく接してくれるようになったが、椛は極力親とは関わらないようにしていた。早く自立して家を出るつもりである。
店の前で掃除をしていた椛に話しかけてきたのは、息をきらし焦った様子の、テオ。椛の姿をみるなり顔色を変えて掴みかかる勢いで話しかけてきたのである。
「トロイメライが……全員殺されたって、マジか!? なんか新聞で……」
「ああ……そうですね、皆さん噂してます」
「ヘンゼルは……!? おまえ、ヘンゼルと一緒にトロイメライに拉致られたんじゃなかったか!?」
「兄さん?」
椛がテオと話したのはこれが初めてだったが、彼がヘンゼルの友人であるというくらいの認識はあった。なぜ彼がヘンゼルと自分がトロイメライに買われたことを知っているのか、それに疑問を覚えたが、聞いたところでなんの意味もない。ヘンゼルの友人である彼に、ヘンゼルの死をどう伝えるべきか……椛は少しだけ考えこむ。
『旅にでもでようかな』
ヘンゼルが実験室の前で言っていた言葉を思い出す。そうだ、彼はもし生きていたとしても……死ぬ場所を求めて旅にでていただろう。ヴィクトールという男を愛していたから。
亡くなった兄は、空の上で大好きな人と一緒になれたのだろうか。きっと……難しいだろう、ヴィクトールのような大罪人とヘンゼルのような普通の人間の魂が一緒になるということは。それなら……
「兄さんは、旅にでましたよ」
「旅?」
ヘンゼルはヴィクトールの魂を求めて、旅にでているのかもしれない。
「……幸せを求めるための、旅にでた」
自分とヴィクトールは恋敵というものだろう、でも、彼が兄を幸せにできるというなら……素直に彼と結ばれることを祈れる。
大切な、兄さん。どうか、貴方も幸せになってください。貴方に多すぎるくらいの幸せをもらった僕は、貴方の幸せを祈ることがなによりも胸が満たされるのです。
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