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「昔好きだったからって見逃すなんて真似する気はないし、むしろ俺を裏切ったことへの失望のほうが大きいし」
「うん、うん」
「何が自分の音が届く地平線の向こうまで行ってみたいだよ、ただの海賊じゃないか……騙したのかよ……」
「うん、」
「なんで……俺、ずっと……オーランド……」
買ってきた酒瓶はすっかり空けてしまった。始めのうちは渋っていたウィルが、勢いがついてくるとぐいぐいと飲んでしまったのである。案の定酔ってしまって、誰にも言わないでおこうと思っていたオーランドの話をウェンライトに(支離滅裂になりながら)愚痴ってしまった。
ほとんど酔っていないウェンライトは、くたりと自分の肩にもたれかかるウィルを撫でながら話をきいてやった。全く苦痛ではなかった。むしろ、これをしたいがためにウィルを誘ったのである。普段、中佐という地位につくウィルは、身分相応の身のこなしをしていて隙がない。しかし、こうして酔ってしまえばすっかり本性をさらけ出してくれる。ウィルは軍服を脱げば、いたって普通の青年だった。素のウィルはウェンライトにとっては可愛らしくて、一緒に酒を飲んだときに、そんな彼をみることが楽しみとなっていた。
「あ……」
ウェンライトは視界にはいってきた時計をみて、はたと動きを止める。時刻は21時10分をさしている。日没まであと少しだ。本人は酔っているためまだ気付いていない。ああ……くるな、そう思った。
「う……」
時計の長針が12をさした瞬間、ウィルが小さく呻いた。縋りつくようにウェンライトの服を握りしめ、眉をよせて体をまるめる。
「……ウェンライト、もしかして……今、」
「……日没です」
「……ああ、悪い……ごめん、帰っていいよ……俺、今日はもう……」
「いえ、大丈夫です」
ウィルは、日が沈むといつもこのような状態になってしまうのだった。何かに苦しむように顔を青ざめさせて、そして自力で歩けなくなる。家にはそのときのための車椅子が常備してあって、一人でいるときはそれを使っていた。また航海するときも車椅子は常に用意しており、仕事も日没の時間が早くなる冬場などは少し早めに退勤していた。この不可思議な現象を、とりあえず「夜になると体調が著しく悪くなる」病と海軍では通している。日没の時刻ぴったりにそうした症状がでることを知っている者はそこまでいなかった。
「ん……」
ウェンライトはちらりとウィルの表情を覗く。血色が悪くなり透き通るように青白い顔、冷や汗の伝う頬。悩ましげにふせられた瞼。不謹慎ながら、ひどく色っぽいと……いつも、この状態に陥ったウィルをそういう目でみていた。苦しさのあまり縋り付いてくる姿もまた、そそられる。
「……ウィルさん、大丈夫ですか。一旦ベッドに運びますよ? もう寝てください。片付けは俺がしておきます」
しかし、流石にそんな考えを表にだすわけにはいかない。こうなってしまえばウィルと一緒にいても彼に気を使わせるだけだし、ベッドに運んで寝かせてやろう。そう思ってウェンライトがウィルの肩を抱き――脚に触れたとき。
「う、あぁ……ッ!」
突然、ウィルが一際苦しげな喘ぎをあげた。
「え、ウィルさん? どうしたんですか……!?」
「あし……脚、は触れるな」
「脚……?」
もしかして、この症状は脚の痛みから来ているのか……? ウェンライトはウィルの言葉から、推察する。それならば車椅子を運んできて、それに乗せてベッドまで運んでやるのが賢明か……そう、思ったが。
「……」
ぞわり、ウェンライトのなかに黒い劣情が蠢いた。ウィルの悲鳴が、ひどく甘いものに聞こえた。
待て、だめだ、やめろ。頭の中で何度もそう唱えた。しかし、理性の叫びを本能が破壊する。手が動く。自分に抱きつくようにして苦しみに耐えるウィルの、シャツの下から伸びる細長い脚が艶かしく、自分を誘っているように錯覚する。
触れた。鷲づかみするようにして、思い切り脚に触ってやった。
「――あッ……! う、ぁあ!」
ウィルの口から、一際大きな悲鳴があがる。心を撫ぜる。甘い甘いその声が……煽る。
(おかしい……俺は、なにを……やめろ、)
決してウェンライトは嗜虐的な性癖などもっていない。それなのに、今はウィルの悲鳴に完全に興奮してしまっていた。そもそも今日の自分はスタートからおかしいような気がしていた。何かに思い悩んだように沈んだ食堂でのウィルの表情、そして先ほどのオーランドのことを哀しげに話す捨てられた犬のような彼の姿、それをみたときからどこかで彼に興奮していた。なぜ? 今の自分は冷静になれていない、おかしい。そうわかっているのに……体が止まらない。
ウェンライトはウィルをそのままソファに押し倒し、シャツのボタンを引きちぎった。ドクドクと心臓が以上に高鳴っているのがわかる。してはいけないことをしようとしているからか、それとも苦しげなウィルの表情に興奮しているのか。それは定かではないが、その鼓動は衝動をさらに加速させた。
「ウェン、ライト……なにを、」
「ねえ、ウィルさん……オーランドへの恋心がまだ拭えていないから、苦しんでいたんでしょう? だったら彼への想いを忘れればいいんじゃないですか?」
「……な、」
「……俺が、忘れさせてあげますよ」
――行動について、もっともらしい動機を口にしてはいるが……本来の理由は違う。ウィルの、身体的な苦しみによる苦悶の表情に、華を添えたかった。さらに精神的な苦痛を加えたら、どんなに美しくなるのだろうと……そう思ったのだ。
「ちょっ……ウェンライト、やめろ……!」
「脚……触っちゃいけないんでしたっけ?」
「あぁッ……!」
抵抗を示すウィルの脚を再び掴む。これ以上抵抗すればまた脚に触られる――ウィルは悟ったのか、ソファの端を掴むようにしてウェンライトの暴虐に耐えていた。かたかたと震える手でそんなことをしているウィルの姿に――ゾクゾクする。処女を無理やり奪われる乙女のようだ。銃も剣も体術も達者なウィルが、痛みと酔いのせいで無理に逃げ出すこともできない。かっちりとした軍服を見事に着こなす彼が、シャツをはだけさせた淫らな格好をしている。たまらない。もっともっと、自分の下で誰も知らない姿を見せてほしい。
「ほら……ウィルさん……行為に集中してください……オーランドの記憶を塗りつぶしましょう?」
「……まて、やめ……」
曝け出された首筋に、舌を這わせる。詰め襟の軍服のせいでよくみえなかったそこは、くっきりとした首筋と思った以上に細い形が実に艶めかしかった。じっとりと、味わうように舐めながらウェンライトは嗤ってみせる。
「可哀想に……大好きだったのに、裏切られたんですね」
「……おねがいだから、」
「約束だったんでしょう……? いつか、再会したときに一緒に歌おうって。それを信じて、ウィルさんは今まで頑張ってくることができたんでしょう?」
「う、……」
体が弱っているせいで、心まで弱くなってくる。オーランドのことを思い出させるようなウェンライトの言葉に、ウィルの中の彼への想いが蘇る。海兵として、彼を討ってみせる。その決意は変わっていない。しかし、初恋の相手への淡い恋心はどうしても美しく。口でオーランドへの恨みつらみを吐こうとも、想いを掻き消すことなどできなかった。
「……オーランド……」
――ああ、堪らない。
僅か、涙で濡れる瞳。それを隠すように、ウィルが手の甲で目を覆う。
哀しんでいるウィルの姿に、酩酊感(めいていかん)にも似た感覚に囚われた。血が茹だるような興奮を覚えた。彼はそうやって淑やかに涙を流すのか、とおかしなところにまで焦燥を覚える。実は自分は酒に酔っているのか、こんなのおかしい……そう思っているのにもう遅い。止められない。
「ひ、……、ッ、う」
心に傷を負ったウィルは、オーランドに焦がれるように彼の名をしばしば呼んでいた。痛みと、男に組み伏せられる屈辱が、さらに傷を抉り悲しみを増幅させる。自分の体を弄るウェンライトのことをみることもなく、あの潮風に吹かれながらセックスをした記憶に呑まれていた。あれが人生のなかで、一番幸せな瞬間だった。
「あ、あ……! い、痛……、や、あぁ、あ!」
脚を捕まれ、脚の間にウェンライトの体が割り込んでくると、強烈な痛みが走った。まともに慣らされていない後孔に熱を捩じ込まれたが、その痛みよりも脚の痛みが勝って挿れられいている感覚がよくわからなかった。抽挿の度にウェンライトの体に脚がぶつかって悲鳴をあげてしまう。しかし、狙っているのか偶然なのか、ウェンライトは抉るようにして前立腺をごりごりとさすってきて、同時に快楽も迫ってくる。痛みと快楽が混ざって、せめぎ合って、わけがわからなくなって、吐きそうだった。
「あ、……あ――」
(オーランド――……)
やがて訪れた絶頂は体を硬直させて、ビクビクと勝手に体を揺らした。動かしたくないのに動いてしまう脚に、更なる痛みを覚える。真っ白な火花が頭のなかではじけた。
意識を手放す瞬間に、漣の音と柔らかいギターの音が聞こえたような気がした。
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