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「はあ……」
人が集まり始めた食堂で、一人、ウェンライトは沈んでいた。理由は当然、昨晩のことについて。
なぜ自分があんなことをしてしまったのか、わからない。普段からウィルにこっそり好意を寄せていたのは事実だが、上司と部下という関係である以上、一線だけは絶対に超えないようにと堅く誓っていた。それなのに、なぜ。昨日はそこまで飲んでいないため、酔っていたというわけでもない。なぜか――あの、脚に触れたときの悲鳴を聞いた瞬間に……体中から熱が一気に湧き上がるような……異常な興奮を覚えたのだ。
(どんな顔してウィルさんに会えば……)
「隣いいか」
「ああ……どうぞ……ってウィルさ……マックイーン中佐!」
うつむきがちに食事を口に運んでいたウェンライトの隣に座ってきたのは、今しがた悩みの原因となっていた人、ウィル。何事もなかったように席につき、水の入ったコップに口をつけている。
「あ、あの……マックイーン中佐、」
「出港は来週だ。体調管理に気をつけろ」
「え、」
「私と同じ船で航海にでる、そうだっただろ」
……あの話題は、口にしてはいけない。隙を与えないように話しかけてくるウィルに、ウェンライトはそれを悟る。しかし、どうしてももう一度謝りたいと思った。そうした考えすらも自分勝手なものなのだろうが……。もごもごと言おうとしては言葉をひっこめる、そんなウェンライトをウィルはちらりと横目で見やる。やがてウィルはため息をついて、じろりとウェンライトを睨んだ。
「……気にしてない。だからもうそのことを考えるのはやめろ」
「で、でも……」
「生娘でもないんだ……そんなことされたくらいで一々私は悩まない。……それよりも、大事なことがこれから控えている。そんな私事に気を揉んでいる暇なんて、ないんだよ」
「……大事なこと」
「……オーランドを殺す」
ゾワ、と全身の毛が粟立った。どこをみているのかわからないウィルの瞳に、たしかな殺意が燃えている。昨晩――涙を流しながら彼の名を呼んだ……あれのせいで、かえって吹っ切れてしまったのだろうか。
「……たくさんの仲間が彼にやられています。彼の腕はきっとたしかなものです……どうか、油断はなさらないで」
「わかっている」
その静かな激情には、ウェンライトも恐怖を覚えた。ここまでウィルが明確な怒りを表すことは今までみたことがなかったから。……それほどに、裏切られたショックが大きいのだろう。それほどに……オーランドのことが好きだったのだろう。
一体何故……そんなことになってしまったのかと、他人事ながらもウェンライトは不思議に思って仕方がなかった。
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