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再び夜が訪れる。昨晩と同じように海賊たちは宴をひらいていたが、ウィルは意地でもそれに参加しなかった。脚が痛いということもあるし、こうして体が弱っている状態で椛がオーランドの側で歌っているのをみると、きっと昨日のようになってしまう。オーランドの隣にいたい、その想いに囚われてしまう。あんな失態は二度と繰り返したくない、そう思ってウィルは頑なに宴に参加するのを拒んだ。直接見なければ、そこまで心が乱れることもなかった。
「ようウィル。脚の具合はどうだ」
宴が終わったのか、オーランドが部屋に戻ってくる。でも大丈夫だ、冷静でいられそうだ。そう思ってウィルは体を起こし、ベッドの端に座る。
「……いつもどおりだ」
「なら結構。さあ、続きをしようか」
「続き?」
「昨日の続きだよ」
オーランドはふっと笑うと、ウィルの肩を掴み押し倒す。しかし、昨日のようにはならない。ウィルはじろりとオーランドをにらみあげ、冷たい声を吐く。
「……溜まってるなら女を抱けば」
「なんでそうなるんだよ。俺はおまえがいいって何度も」
「俺がいいって? セックスすることしか考えてないくせに。そんなに俺が好きなら俺が嫌って言ったら触らないでもらおうか。……どうせできないだろ、薄汚い海賊が」
ウィルは拒絶の態度をオーランドにみせてやる。何がなんでも、この男にほだされたくなかった。部下が生きていると知ったからには、堕ちるわけにはいかない。
だがオーランドが見せたのは、ショックを受けたわけでも苛立っているわけでもない……困ったような表情だった。くしゃくしゃとウィルの頭を撫でると、諭すような声で言う。
「……だっておまえ、抱いてやらないとだめだろ」
「は? 寝ぼけたことを。自惚れてるのかおまえは」
「いいや……おまえの声が死ぬから」
「声が……死ぬ?」
どういうことだ……ウィルはわけがわからなくてぽかんとしてしまう。そんなウィルの表情にオーランドは参ったように頭をがしがしと掻く。椛のみせた表情と少し似ていた。「知らないのか」という呆れと戸惑いの表情。
「ウィル、おまえ自分のことわかってないのか?」
「……椛ってやつにも言われたけど……なんなんだよ」
「溺れた拍子に記憶とんだっていうしなぁ……まあ仕方ないっちゃあ仕方ないか」
「だからなんなんだって! 教えろよ!」
イラっとしてウィルはオーランドの胸ぐらを掴む。オーランドはウィルをなだめるように静かに掴んできた手をほどくと、体を起こしてベッドの端に座る。なんとなく、ウィルも釣られるようにしてオーランドの隣に座った。
「ウィル……おまえは、マーメイドなんだよ」
「はい?」
「……人魚の呪いに蝕まれた、哀れな人間」
オーランドの話によれば、こうだ。
ある島に、人魚の呪いというものが伝わっていた。それは無差別に、生まれた子供にかかってしまうものらしい。その呪いをうけた者は、幾人を魅了する美しい声をもつという。そしてその声は――悦楽と悲劇を感じることによって、艶を増す。また、夜になると脚にナイフに抉られるような痛みを感じるようになる。
オーランドは海を彷徨うなかで、その呪いの存在を知った。昔、ウィルが頑なに日没前には帰宅しようとしたこと、そして唄が非常に美しかったことからウィルもその呪いをうけたものではないかと疑って捕らえたらしい。
「……なんだよそれ、作り話か」
「でも現に、おまえは日没の時刻丁度に歩けなくなるという不可思議な症状を抱えている」
「……そう、だけど……あ、じゃあ……声が死ぬってなんだよ」
「そうした声を持ちながらそのままそれを生かすこともなく死んでいくって勿体無いだろ?」
「……で、悦楽を得るためにおまえに抱かれろって? 俺になにか得があるとは思えないな」
呪い――そんなフィクションじみた話をすぐに信じる気にはなれなかった。たしかに脚の件は医者にも原因がわからないとは言われていたが。ただ、今のウィルにとって、呪いを信じる信じないというよりも、それのためにオーランドに抱かれるということが嫌だった。彼に身体を許すつもりはもうない。落ち着いてさえいれば、捨て去った恋心がぶり返すことも――ない。
「……んっ」
肩を強く掴まれ、乱暴に口付けられる。きっとどんなに抵抗しようとも、オーランドはウィルを抱くつもりだ。後頭部を鷲掴みされ、欲望をそのままぶつけるかのような激しいキスをされる。体の芯がゾクゾクと震えてきて、このまま下されて組み伏せられて……そんなシーンが頭に浮かんできて、じんと下腹部が熱くなる。だめだと何度も言い聞かせているのに、オーランドのことが好きだという気持ちがなかなか離れていってくれない。
「は……、あ……」
「おまえが……呪いをうけた者だと気づいたときから、俺はずっとおまえを探していた。俺の手で……おまえの歌を美しくしてやりたいってずっと思って……やっと見つけたんだ」
「……エゴイストが。俺の意見はまるで無視しているじゃないか。……さすがは海賊」
「……ウィルだって……俺ともう一度歌いたいって言ってくれただろ……なあ……俺のとなりで歌うのはおまえだけだ……ウィル……」
「……っ、だって、……ん、ん……」
再び唇を重ねられる。今度は舌をいれられた。そしてウィルは思わずそれを、すんなりと受け入れてしまった。咥内に入り込んできた舌はしばらくなかを掻き回して、ウィルはそれに酔うことしかできなかったが……彼がウィルからの返答を待つように舌を撫ぜてくると、堪らずウィルも舌を動かして、彼のものに絡めてしまう。馬鹿、なにをやっているんだ……そう頭のなかで自分に言っているのに、勝手に体が……
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