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オーランドが部屋を出て行ってしばらくすると、扉をノックする音が聞こえてくる。もちろん歓迎などする気のないウィルは黙りこんでいたが、扉は開かれ、一人の少年が入ってきた。
「食事、もってきました。あと、腕の包帯を取り替えに」
「……あ、おまえ」
入ってきた少年は、昨晩、オーランドの隣で歌っていた少年だった。妙にチリっと胸が焼けるような感覚を覚える。羨ましい……そんな想いが無意識に働いたのだろうが、それ以上にウィルはなにか彼に違和感を覚えた。なぜかもやもやとする。じっと少年をみつめ、しばらく考えこみ――
「……おまえ、なんで歩いている」
「え?」
――そうだ、たしか少年は昨晩、車椅子に乗っていた。それなのに、今は何事もなかったように自らの脚で立って歩いている。違和感の原因はそれだ。
「なんでって……それは貴方が知っているはずですけど」
「……知らないから聞いている」
「……まさか、なにも覚えていない」
少年は驚いた様子でつかつかとウィルに歩み寄ってきた。持っていた食事と包帯等を机に置くと、ガッとウィルに掴みかかる。
「ウィル、自分の体のこと……何も知らないんですか?」
「は? 知らないって……なんのことだ、……日没になると脚が痛くなることか」
「その原因は?」
「……知らない」
「……はあ。……よくそれでその歳まで生きてこれましたね」
「なんだ、何か知っているなら教えろ」
「……僕が言っていいことじゃないと思いますし。船長さんにでも聞いてください」
少年はため息をつきながら、再び食事の乗った盆を持ってウィルの隣に座る。
「……自分で食べれます?」
少年の持ってる食事をみれば、パン等の片手で食べることのできるものだった。手錠に繋がれていても、手を借りずに食べることはできそうだ。ウィルは黙って少年から盆を奪うと、自分の膝の上に置いて食事をしようとパンを掴む……が、途中で動きを止めた。
「……変なもの入ってるんじゃないだろうな」
「入っていないですよ。いつも良いもの食べてるあなたの口に合うかは保証できませんが」
「……べつに、毒がはいっていようが構わないんだけどな」
「はあ……何故?」
「……逃げる手段もない、夜になれば歩けない……ここから出られる未来が見えない。なら……死んだほうがましだ」
諦めたように言葉を吐き捨てたウィルを、少年はじっと品定めをするかのように見つめた。それ以上ウィルから言葉がでてこないことを悟ると、呆れたように言う。
「……とても一軍艦の艦長の言葉には聞こえませんね。責任感というものがないんですか?」
「責任感? 軍人なら拷問されても生き延びろって?」
「いいえ。あなたは部下をたくさんひいている立場じゃないですか。そんなあなたが簡単に死んでもいいなんて言ってはいけないと思いますけど」
「……その部下を殺したのはどこのどいつだ! おまえらだろう、海賊が!」
少年の言葉にカッとなったウィルは、少年につかみかかった。膝に乗せた食事がひっくり返ってしまったが、気にしない。
しかし、少年は驚き一つ見せずに、冷静に言葉を返してみせる。
「……殺してませんよ?」
「……は?」
予想外の言葉。ウィルは思わず間抜けな顔で少年を見つめてしまう。
「ですから、殺してませんって。あなたと一緒に一部の方々も捕らえてきていますが……特に痛めつけることもなく、別室に拘束しています。まあ……捕らえるときにつけた傷を治療とかはしなかったので破傷風くらいにはなっているかもしれませんね」
「え……」
全身の力が抜けてゆくような気がした。死んでしまった、艦長としての責任を果たせなかった……そう思っていたのに、部下が、生きている。
呆然と黙り込むウィルの手を払って、少年は立ち上がった。散らかった食事を片付けると、「新しいもの持ってきます」といって部屋を出て行こうとする。
「待て……捕らえてるってどこに……! おまえも、知っているんだろ!?」
「さすがにそれは答えられませんね。あと……そろそろ名前で呼んでもらえます? あなたに名前を知られていないっていうのはちょっと嫌です」
「は……? でも……名前を、知らない……」
「……椛です。椛って呼んで下さい」
名前を知らない、そう言った瞬間少年――椛は少し悲しそうな顔をした。しかし、すぐにウィルに背を向けて出て行ってしまう。彼の何か言いたげな表情が頭から離れなくて、ウィルはしばらく椛の消えて行った扉を見つめていた。
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