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夕方になり、船員たちは船に戻った。しばらくはこの場所に船をつけて島に滞在する。夜だけ船に戻ってくるのだ。
船に乗り込もうとしたところで、椛はウィルに声をかけられた。いかにも「今までヤッていました」といった、どこか色っぽく気怠げなウィルの表情に椛は苛立ちを覚える。この状況を続けるつもりなのかと、不安を覚えた。
「……なんでしょう」
「……話があるんだ」
「話?」
二人で、浜辺まで歩いていった。わざわざ船を離れてこんなところまできているのだから、呪いについての話だろうと椛は察する。
「呪いを解く方法って、ないのか。俺の声を聞いておかしくなった人を元に戻す方法」
「……なんだってまた急に。船長さんに愛されたいんじゃなかったんですか?」
「……オーランドが、壊れていくのをみるのはやっぱり辛い」
気付くのが遅い、そう思ったが、ウィルのその言葉に椛は一安心する。散々悪事を働いたあとに正気に戻ったところで彼が救われるとは思わないが、あのままウィルに溺れていく先にあるのは破滅のみ。あの狂った愛に幸せなど見出せないとウィルが気付いたことに、椛はほっとしたのだった。
しかし、呪いを解く方法を教えることには躊躇いを覚えた。だって、呪いを解くには……
「ウィル。もし、呪いを解いたら自分が船長さんに愛されなくなったとしても……呪いを解きたいと思いますか?」
「え……」
「彼の中で、自分が消えてしまっても……それでも、いいですか」
椛の問に、ウィルはハッとしたような顔をした。簡単に呪いを解くことはできない、そう覚悟はしていたけれど、いざそう言われると――そんな表情だった。ウィルはぐ、と唇を噛み締めて海を見つめる。漣の光が反射して、ウィルの瞳がきらきらと輝いた。
「……あのさ、好きってどういうことかな」
「?」
「……呪いに侵されて……オーランドが幸せになれるわけがない。でも……俺は、どうしてもオーランドに愛されたくて……呪いを解く覚悟ができない。こんな、自分勝手な想いを、好きって言うなら、人を好きになるってずいぶんと穢いことだと思う」
――あの頃と、変わった。椛は、今のウィルをみてそう思う。自信満々に、呪いには負けないと言い切ってみせたあの頃の彼とは違う。でもそれは、仕方のないことだ。あの頃は、ウィルに好きな人なんていなかった。実際に好きな人ができて、そんなことを言い切れるほど――人は強くない。ウィルは恋をして……弱くなった。
「……一応、聞かせてくれ。いつか覚悟ができたときに――俺は、オーランドを元に戻したい」
「……貴方が、命を断つ。それが呪いを解く方法です。貴方が命を絶てば、貴方の声を聞いて狂った人間が元に戻ります。……ただし、貴方に関する記憶が、全て消える」
「……オーランドから、俺の記憶が」
どんな反応をするか。そんなの、予想がついた。椛はウィルをみることなく靴を脱いで、海へ向かって歩いてゆく。裸足を冷たい海水に沈め、パシャパシャと波を蹴ってゆく。
「――それは、怖いな」
――青く、暗い海に溶けている呪いに、選ばれた僕らは。
「ウィル――僕らは、人間に恋をしては、いけない」
その場に崩れ落ちて咽び泣いたウィルを、潮風が嗤う。
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