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*** 「こんなところにいたら、風をひきますよ」  町で騒ぎを起こしてしまったため、予定よりも早く出港することになってしまった。その日ウィルは風にあたりたいと言い訳をして、オーランドの部屋にはいかず、甲板の上で夜を過ごすことにした。薄い毛布をかぶり、脚の痛みに耐えながら膝を抱えて座り込む。昼間の惨劇を思い出しながらうずくまっていると、一人、声をかけてくるものがいた。  顔をあげれば、車椅子に乗った椛がそこにいた。 「……戻ろうにも、この脚じゃあ動けないから朝までここにいるしかない」 「船長さんに言ってウィルも車椅子買ってもらえばどうでしょう」 「……うん。でも、オーランドは俺を自分のもとに閉じ込めたがるから」 「……そうですか。よく今日は一人でいることを許してくれましたね」 「まあ……今日の今日だから」  椛が車椅子をウィルの隣につける。ウィルはぼんやりと椛をみあげると、消え入りそうな声で言葉を紡ぎだした。 「……なんで、オーランドがあんなことをやっているのに嫌いにならないのかなって思ったんだ。俺の大切な部下を殺したり、あんな風に酷い殺し方をしたり……それなのに、俺はオーランドのことを好きで、それに後ろめたさすらも感じない。……みんな、俺が殺しているようなものだからなんだな」 「……」 「俺のせいで、オーランドがあんなことをするようになった……みんな死んだ。俺が、ふらふらと迷っているうちに、どんどん命が失われてゆく」 「……それで……彼から離れようって、思ったんですか? 死ねるんですか」 「……」  ウィルは黙りこむ。オーランドを救わなくては、こんな惨劇をこれ以上おこさないようにしなくては……そう思うのに、どうしてもオーランドから自分の記憶が消えてしまうのが、怖い。情けない――そう思う。 「……昔の貴方は、好きな人のためなら死ねるって豪語していましたけどね。子供は怖いもの知らずだ」 「……それ、いつの話。椛は俺のことを知っている……昔、会っていた?」 「だいぶ前です。貴方が年端もいかないころ」 「じゃあ……俺が溺れて記憶を失う前の話か。ほかに、俺はどんなバカなことを言っていたの」 「好きな人にいっぱい楽しい思い出をあげれば、絶対に忘れることなんてないって。呪いには負けないって」 「へえ……実際に俺は椛のことを忘れているのにな。子供ってほんと……何もわかっていない。呪いなんてなくたって、俺は昔のことを思い出せないのに」  はは、とウィルは笑い出す。少しその声が震えていることに、椛は気付く。 「……本当に、オーランド……全部俺のこと忘れるのかな」 「……、」 「あの、町で出会った夫婦をみて……やっぱり俺は、オーランドにああいう普通の幸せを手に入れてほしいって思った。だめなんだ、俺と一緒にいたら、オーランドはああなれない」 「怖い、ですか」 「……怖いよ、……怖い」  ウィルが椛の座る車椅子に手をかけて、体を起こす。脚は痛むはず――それでも、ウィルは体を震わせながら、膝立ちになる。その瞳には、涙が光っていた。 「……もしも俺が死んだとして……同じマーメイドのおまえは、俺のことを忘れないのか」 「……忘れないと思います」 「……だったら」  ウィルが、椛の手を掴む。 「おまえが忘れなければ……俺が、オーランドのことを好きだったって事実は――消えないよな」 「……ウィル、」 「……幸せに、なってほしいから……俺は、生きるわけには、いかない……」  ――呪いに打ち勝つことなんて、できない。限られた選択肢のなかで、一番幸せになる方法は結局――死を選ぶことだった。残酷な運命を受け入れた瞬間、一気に襲い来る敗北感と悲しみに、ウィルは泣きだしてしまった。 「……大丈夫、大丈夫です……貴方が生きた証が消えるわけじゃない。僕が覚えている。……怖がらないで」 「……うん。……ありがとう」  椛が手を握ってやると、ウィルが安心したように椛の膝の上に顔を伏せる。 「……オーランド。幸せに、なって」

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