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「わーいわーい! 海だ!」  エレナと、男――オーランドは、海まできていた。アップルパイが焼きあがるまで、一時間ほどかかるらしい。それまで、オーランドはエレナにせがまれたギターを、大好きな海を見ながら聞かせてあげようとしたのである。 「おじいちゃんはなんで海が好きなの?」 「……ああ、昔やんちゃしていたからね。懐かしくなるんだ」 「やんちゃ?」 「バカなことをしていたってことさ」  オーランドは笑って、自分の膝を叩いた。この動かない脚がその証拠さ、と笑うとエレナはぎょっとしたような顔をする。 「お、おじいちゃんはなんで脚が動かなくなっちゃったの!? 悪いことをすると神様がおしおきするから!?」 「はは……そうだね、これは罰かもしれない。……というより、正直脚が動かなくなったときのことは覚えていないんだ。でも……誰か、大切な人を守ったような気がする」 「大切な人のこと、忘れるの?」 「……忘れちゃったんだ」  むー、と納得のいかないような顔をしたエレナの頭を、オーランドはくしゃくしゃと撫でた。しめっぽい話はやめにしよう、そう言ってギターを構える。 「今日は、なんのおうた?」 「んー……じゃあ、これにしようか。なんだかなあ……よくわからないけど俺がずっと大切に持っていた楽譜があったんだ。そして、俺の知らない字で歌詞が書いてある。不思議な唄だ」  ポロン――ギターの音が、響き渡る。 私は貴方のために海へ溶けてゆく。 でも、ずっと貴方のことを想っている。 貴方と、貴方の愛する人の幸せを願っている。 いつの日か、この歌を海に向かって唄ってください。 貴方の笑顔を私に見せてください。 そうしたら私は、世界一幸せなマーメイドになるからね。 「ラブレターみたいなおうただね! とっても素敵!」  この曲を歌うと、いつも胸が締め付けられる。理由はわからない。この詞を書いた人を……俺は、どう想っていたのだろうか。  潮風が吹く。漣の音が聞こえる――  ……誰かの、声が聞こえたような気がした。 「……ウィル、」 「……? おじいちゃん?」  ……今、俺は誰の名を呼んだのだろう。漣の音に混じって聞こてきた――俺の名を呼ぶ声に応えるように……気づけば、呼んでいた。 「おじいちゃん、おじいちゃん……? なんで泣いているの? どこか痛いの?」  笑えと……この歌が言っている。俺の名を呼んだ、おまえが―― 「……違うよ、エレナ。幸せで、泣いているんだ」  孫に向かって笑ってみせた。もちろん、無理やりなんかじゃないさ。誰だか知らないおまえに、俺の幸せをみせつけてやるために。 「ウィル――俺は、幸せだ」  遠くから、「アップルパイができた」と呼びに来た妻の声が聞こえた。

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