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追憶・桜の花8(1)
***
群青の手当をもってしても、人間である柊の傷の回復はそこまで早くはない。横になっていることしかできない柊を介抱するのが、最近の群青の日課となっていた。
「そろそろちゃんとした食事取れるくらいに回復しましたか」
「……これおまえがつくったのか」
「そうですけど」
柊は痛みのための発熱で食事をまともにとれない日々が続いていたが、体調も良くなってきたようである。群青が持ってきた焼き魚を添えた食事をみると、体を起こす。
「柊様の食欲が戻った時のためにちゃんと練習しておきましたよ。また小言を言われたらかなわないので」
「……まともな食事つくれるようになったな」
「……ちっ、やっぱ腹立つ」
柊が箸をとって、黙々と食事をはじめた。今回の食事は絶対に文句は言わせない。そう思って群青は、じっと柊の食べている姿を見つめていた。
「……あんまり食べているところ見ないでもらえるか」
「……美味しいですか」
「え、」
「味!」
以前「まずい」と言われたことを根にもっていた群青は、こんどこそは「美味しい」と言わせたいと、人間の食事のつくりかたを研究していた。だから、ちゃんと柊から感想をもらいたかったのである。迫るように群青が問えば、柊は視線を泳がせた。しかしそのまま見つめ続けてやると、観念したように、ぼそりと
「……まずくはない」
と言ったのである。その瞬間、群青は胸のなかがわっと湧いてくるような歓びで満たされた。思わず群青は立ち上がって拳をぐっと握りしめ「よっしゃ!」と叫ぶ。
「……うるさいなこの馬鹿は」
「あ? なんか言いました?」
「……べつに」
鬱陶しそうにしながらも、やはり柊は食事を全て平らげ、「ごちそうさま」と言ってくれた。食器の乗った盆を群青が下げようとしたときに、小さな声で「明日は鮭がいい」といってきたのは意外でびっくりした。なんだかじわじわと胸のなかが温かくなってくるような、そんな不思議な感覚にとらわれる。
柊のことは嫌い。無理やり式神にして、あげくひどい扱いをしてくるし。でも、構いたくなるのだ。彼のなかの不安定な部分を知ったときから、なぜか放っておけないと、そう思った。悪態をついてくる柊の言動に耐えて、甲斐甲斐しく世話をしてやれば、以前のように乱暴に触れることを拒否してくることもなくなった。彼の中で群青が「つかえない道具」から「つかえる道具」としての位置づけが変わったからなのかもしれないが、他の妖怪にむける攻撃的な視線も向けてこなくなった。
「あー、じゃあご飯も食べ終わったし、包帯かえますよ」
「……」
包帯を変えるのも、一日一回は必ずやっている。実は群青は、この作業がなかなかに好きだった。――柊の表情が変わるのを見ることができるからだ。
「脱いでください、柊様」
「……、」
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