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追憶・桜の花9

*** 「あ~つ~い~」  すっかり日差しの厳しくなる季節。群青は夏の熱さはどうにも苦手だった。涼しいところで横になっていたかったが、今はそうも言っていられない。 「群青、おまえさんこんなところで何をしているんだ」 「あ、爺さん」  一人で山まで来ていた群青に、山神が声をかけてくる。群青はしばらく固まった後、手にもったきのこをみてから、苦笑いをした。 「えっと……山菜を採りに? だめだった?」 「……別に構わないが、何をするんだい」 「炊き込みごはんをつくるんだ、最近人間たちのあいだで広まっている醤油っていうやつを使って米をたくと上手いんだぜ。それにこいつを混ぜる」 「……なんでそんな凝ったものを……おまえさん、いつも人間からの献上物とかそこらへんで採ったものを適当に食べていなかったか」 「え、いや、柊様につくってやろうと思って」 「柊……あ、あの祓い屋の人間か……! まさかまだあんなのと一緒にいるのか! 関わるのをやめろって言っただろう!」 「ん~……でも、あの人……なんか放っておけないっていうか……殺してまで逃げることないかな、なんてさ。いや嫌いだからな!?」  そう言いながら大きなぜんまいをみつけては「これうまそう、柊様喜ぶかな」とか言っている群青を、山神は冷めた目で見つめている。 「……高貴な犬神が……なんでこんなことに……嫁さんみたいだぞ」 「……嫁? 誰の?」 「あの愚か者のだ」 「……嫁ェ!? ざっけんな、俺が夫だよ! 俺が抱く側だ!」 「はあ!? もうそんな関係なのかおまえたち!」 「いみわかんねえこと言ってんじゃねえクソジジイ! なんで俺があんなヤツ抱かなきゃいけねえんだよ、あんな可愛くねえ人間なんてごめんだね! あ~でも押し倒したらどんな顔すんのかな……可愛いだろうな……」 「……はあ」  山神は額に手をあてて、やれやれと首を振っている。人間がひれ伏しその前でふんぞり返っていた犬神が、一人の人間のために山の中でうずくまって山菜を採っている姿など……だれが想像できるだろうか。山神はいたたまれない気持ちになりながらも、群青の青臭さに昔の自分を重ねてしまって、糾弾することはできなかった。 「……若者よ、精一杯やることはやるんだぞ」 「あ? お、おう?」  ぽんぽんと群青の肩をたたいて、山神は消えてしまった。群青は一瞬ぽかんとしていたが、いきいきとしたきのこを発見するとまた山菜を摂採ることに没頭しだした。

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